歌ってみた動画のカバー曲から歌い手のオリジナル曲に辿り着く

 ウェブ上に公開される歌ってみた動画。本人の歌を聴きたいのに、検索の妨げになるとの声もチラホラ聞こえるが、僕は結構楽しく鑑賞している。本物に迫るほど細部まできっちりトレースしてあるもの、オリジナルとはまったく別の解釈で再構成されたもの、どちらもそれぞれに面白さがある。

 ひと昔前よりもカバー曲が頻繁にリリースされるようになった背景には、インターネットでの音楽鑑賞が広まったこととも関係があるだろう。CD全盛期には、TV番組やCMなどのタイアップ、または街角などどこからともなく聴こえてきた曲がメッチャ印象に残った!など、こういった所を入り口にして全く知らない楽曲と出会ってきたものだ。しかし、TVを観る機会も外に出掛ける機会もグンと減った今、全く知らない楽曲との接点も変化してしてきている。

 僕にとっては、その接点がカバー曲だ。単にカバーを1曲楽しんで終わり!というのではなく、出来栄えに感動したら、その歌い手の他の作品もチェックしてみたくなるもの。最初のうちは、その歌い手のレパートリーの中から自分の好みに合う曲を選んで聴くのだが、当たりが連発してくると「この曲ぜんぜん知らないけど、どんなんだろう」と聴いたことない曲にも興味が湧いてくる。その極めつけがオリジナル曲だ。最初こそ見向きもされないだろうが、その歌い手の声なら気分良くなれることがカバー曲で保証されると、今度は結果が読めない分、むしろオリジナル曲の方がドキドキ感は高まる。他の歌い手と曲目が被ることはほぼないので、最も個性を出しやすいが、浸透させるまでの道のりは長い。でも、カバー曲のレパートリーが溜まってきたら、ぜひとも挑戦しておきたい分野だ。

 今回はカバー曲の題材としてはメジャーどころのTM NETWORK「Get Wild」に着目。退勤のBGMとしても話題になった。この楽曲の歌い手による、今年公開されたオリジナル曲をピックアップしていこう。

 hiromi「NEVER」

 アニメソングを筆頭に、数多くのタイアップ曲の歌ってみた動画をYouTubeに毎週2曲というハイペースで公開している、hiro3nimumのボーカル・hiromi。新旧のTVっ子にとっては楽しくて仕方ないYouTubeチャンネルだろう。その彼女の最新オリジナル曲がこちら。

 率直に良いメロディーだと思う。hiromiがこの曲を生配信で披露し出して間もない頃、あまりの楽曲の良さに涙ながらに歌っていたんだよね。自身のYouTubeチャンネルに100本以上の動画を持ち、その中で再生回数が10万回を越えるものもザラにあるほど経験豊富な歌い手に、持ち歌であるにも関わらず感涙を誘うまで持ち込めるのだから、メロディーメイカーの力量は相当なもの。その上アレンジも練りこまれていて聴きごたえ抜群。押すところは押し、引くところは引いて実に起伏に富んだ仕上がりだ。バンドメンバー全員が楽曲を盛り上げるという目的に向かってしっかりと心を一つに合わせた、見事な演奏。このチームワークの良さは特筆に値する。

 アレンジの肝になるのは、要所要所で一瞬、音がなくなるところにある。演奏者の立場からすれば、一生懸命指を動かしていればいるほど頑張っているような気になるが、それだけでは限界がある。弾いていない瞬間は、指は動いていなくてもそれは決して手を抜いているのではなく、休符も演奏の一環なのである。この楽曲のアレンジャーはそこをしっかりと踏まえていて、休符の使い方のセンスが素晴らしい。ある程度まとまった人数のいるバンドなら、1人くらいはアレンジャーの意図に反する演奏をするメンバーがいそうなものだが、このバンドは全員が楽曲の肝となる部分を共有できている。ゆえに、1コーラス目よりも2コーラス目、そして2コーラス目よりもラストのサビの方が盛り上がりが大きくなる。

 DTMなら後半に向けてパートを追加していくのは難しくはないが、生演奏のバンドではなかなかそうはいかない。生演奏のバンドでアレンジに困っている方に、一度は聴いていただきたい楽曲。

 ボーカリストのhiromiは、現在は活動の主体が配信になってはいるが、バンド・サウンドがしっくりハマって、座りが良いなというのが第一印象。本人もこの形が一番居心地が良いと思っているのではないだろうか。コロナが落ち着いて、安全にライブが開催できるようになったときこそが、彼女の真骨頂だろうなという気はする。画面越しには感じ取れない魅力が間違いなくある、ということを映像作品からだけでも感じさせる。以前はライブのステージにも上がっていたようだが、僕はその頃のことは知らないんだよね。早くから彼女の活動を追っていたファンが羨ましい。

 YouTubeチャンネルAtsuki Nishiでは、作曲者によるセルフカバーも公開されている。この楽曲のファンには興味深いところだろう。


 hiromi「Get Wild」

 さて、そんな彼女が歌う「Get Wild」を聴いてみよう。どこに着眼点を置くかで印象も変わるとは思う。「Get Wild」と言えばそのバージョン数の多さが大きな特色。オリジナルからの変わりっぷりを楽しむには格好の素材だ。2017年発売の企画アルバム「GET WILD SONG MAFIA」を延々と聴いていられるというマニアにとっては、伴奏部分は特に驚くべきところはない。

 ただし、ボーカル・パートとなると話は変わってくる。ビックリするほど一分の隙もない、完璧な歌唱に舌を巻く。僕は結構な数の「Get Wild」を聴いてきてはいるが、サビの「一人では」「この街で」の後半フレーズ「りでは」「まちで」において音程を動かす歌いまわしをちょくちょく見かける。これがあまり好みではない。特に女性の歌い手にこの傾向が強い印象がある。オリジナル歌手の宇都宮隆や、女性シンガーだと作詞を手掛けた小室みつ子によるセルフカバーでは、音程をキープする歌いまわしになっていて、hiromiもこちらに準じている。

 歌を志していて、既に自分の歌唱をいくつか録音する程のめりこんでいるし、ウェブ上に公開して多くの人に広めたいという方は、一度聴いてみてはいかがだろう。見知らぬリスナーにも最後まで視聴してもらえるような動画にするには、このぐらいまで歌い込む必要があるのだ。歌を始めたばかりで、1曲通して最後まで歌うこともおぼつかないというなら、自信を根こそぎ持っていかれるから、参考にするのはもっと後回しでもいいかもね。単純にリスナーとして鑑賞するだけならもちろん楽しめる。

 よく聴くと、TM NETWORKのオリジナル・バージョンにはないコーラス・パートが追加されていて、投稿者の自我も少し味わえる動画になっている。

YouTubeチャンネル・ひろみちゃんねるに掲載。


小川英哲feat.Purin「still staying...」

 先程はボーカリストのYouTubeチャンネルを紹介したが、今度はキーボーディスト。歌ってみた動画というよりは、弾いてみた動画を見る感覚でこちらのチャンネルを訪れてみてはいかがだろう。

 この楽曲のボーカリストのPurinの活動は結構前から追っている。初期の頃の動画を見ていて、カラオケボックスの中だけに収まっているのは、あまりにももったいないなあと思っていた。それが少しずつ活動規模が大きくなってきて、とうとうオリジナル曲の公開までこぎつけた。いつかはこうなるという予感はあったが、いざ実現となると他人事ながらなんだかこちらも感無量だ。不思議だね〜。

 クレジット上は小川英哲のオリジナル曲へボーカリストとして客演参加、という形。まったくの持ち歌かと言うと、そうとも言えない面もあろうが、既存のヒット曲のカバーではなく、発信者側から生み出した楽曲なのには違いない。自身のユニット・Re:placeからのオリジナル曲が発表されるのも、そう遠くない将来に訪れそうだ。僕はぜひ聴いてみたいんだけどね。

 Purinはオリジナル曲の収録は初めてということもあってか、ボーカル・テイクは探り探りな感じもする。これまではすべて既存の楽曲のカバーなので、お手本に追従していけば自ずと完成していたのだが、今回はそれがない。歌いながら自分の内から湧き出るものが完成形となる。収録していて、カバー曲とはかなり勝手が違うなあと感じていたかも知れない。

 制作はどんな感じで進めたんだろう。ガイドメロディーは楽器音で渡されたのかな。聴いていてそんな印象を受けた。もしそうなら、オリジナル曲の収録未経験のPurinには少々ハードルが高かったかなあとも思う。肉声による仮歌の方が良かっただろう。小室哲哉はこうしているよね。作品数が膨大だから全部が全部、ではないかも知れないが。それかPurinにボーカル・テイクに味付けをするまでの余裕はまだなかったか。

 それでも、Purinにオリジナル曲の収録機会を与えてくれた小川英哲には僕もいちリスナーとして感謝の気持ちでいっぱい。これに味を占めてまたオリジナル曲作りたい!って気になってくれればいいのにな。

 ソロ・シンガーならこういうときは、いろいろなクリエイターとセッションするのに身軽で便利。Monday満ちるはクラブ・シーンでも数々のコラボレーションによる名作をリリースしてきたものだ。一方で、ローリー・ファインは自らのユニット・COLDFEETを持ちながら、客演ボーカリストとしても引く手数多だった。Purinも外仕事での経験をユニット活動に還元するぐらいの気概で頑張ってもらいたいもの。


小川英哲「GET WILD 2015 HUGE DATA Remix」

 数ある「Get Wild」の中でも、僕が特に入れ込んでいるバージョン。先述のアルバム「GET WILD SONG MAFIA」にも収録されている。こちらを土台にして仕上げた動画が小川英哲のチャンネルにて公開。こちらのバージョンでカバーする歌い手はなかなかいないんだよね。ド派手なイントロで思わず拳が突き上がる。

 とにかく尺が長いから、休日とかできちんとまとまった時間を確保して「さあ聴くぞ!」って体勢を作らないと、気安く再生できる曲でもないんだけど、いざ聴くとなると全身を音に預けてガッツリ鑑賞!となるよね。

 先のPurinによる女性ボーカルの、これより尺を縮めて聴きやすくしたバージョンもある。いわゆるRADIO EDITというところか。「Get Wild」はシティーハンターのエンディングで流れていたオリジナル・バージョンと、ピート・ハモンドの「GET WILD'89」ぐらいまでしか知らないという方は、こちらの方がとっつきやすいだろう。

YouTubeチャンネル・Hidenori Ogawa / 小川英哲、purin【Re:place】に掲載。



 「Never」も「still staying...」も、「Get Wild」を介在せずに直接これらのオリジナル曲に辿り着けるリスナーがどれだけいるのだろうか。カバー曲に興味を持っていなかったオリジナル曲の作り手たちは、発信手段のひとつとして改めて考え直してみてはいかがだろう。

 近々、加藤ミリヤによるカバー・アルバムに安室奈美恵の「Don't wanna cry」も収録されるが、僕はこちらが非常に気になる。単に好きな作曲家のナンバーというだけではなく、加藤ミリヤが安室奈美恵に影響を受けているのを知っているからだ。彼女によるリスペクトを込めたカバーがどうなるのか、リリース前から楽しみで仕方ない。


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