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Get Wildから音楽鑑賞の幅を広げてみる


 音楽鑑賞を楽しむ上で、お気に入りのアーティストや楽曲を愛でるようにリピートし、骨の髄まで味わい尽くすことは、ディープなリスナーなら誰でもやっている。だが、いつもそればかりでは新しい発見にはなかなか結びつかないのも事実だ。
 そこで手を出しておきたいのが、お気に入り楽曲のカバー曲。日頃馴染みのないジャンルに触れるといっても、闇雲に掘っても興味のないサウンドに当たるばかりで退屈だ。しかし、カバー曲なら音の骨子は自分の好みを維持したまま、予想外の変化も楽しめる。同じメロディーでもボーカリストやアレンジが異なるだけで、聴き慣れているはずなのに得られる響きはどこか新鮮。同一アーティストのセルフカバーであっても、制作された年代や制作環境によって解釈が違ったりして、そこもお楽しみのひとつだ。この感触は一度体験すると病みつきになる。
 カバー曲を楽しむことだけで満足せず、カバーした側のオリジナル音源にまで踏み込んでみると、自分のお気に入りの楽曲にどういうエッセンスが加えられて、このような結果に至ったのかが感じられて面白い。
 セルフカバーの場合は、カバー作と同じ時期に制作された他の楽曲を辿っていくと、いちアーティストの変遷の様子がうかがえるだろう。何を変えて何を変えないか。これが分かれば、音楽表現をしていく上で非常に参考になる。

 今回はTM NETWORKの代表曲「Get Wild」のカバーから僕が注目しているものをピックアップし、そのアーティストのオリジナル楽曲にも踏み込んでみたい。


二人目のジャイアン「Get Wild」「Hello Hello Hello」

 「Get Wild」のバージョン違いのみを収録した4枚組のCDアルバム「GET WILD SONG MAFIA」を入手した後にも続々と発表される別バージョン。正直なところ、もういい加減いじるところなんかなくなっていると思うのだが、そんな中でも二人目のジャイアンは新しい切り口でこの曲を表現してみせた。
 まず注目したいのが、歌い出しのフレーズを早めのタイミングで入っている点。もちろんオリジナルのフレーズまんまで早く入っただけだと伴奏と合わなくなるので、後に続くフレーズの歌い回しをうまく調節している。ここをいじるのかぁ〜。こんな発想はなかったな。
 ブラス・セクションも聴きどころのひとつ。TM NETWORKのオリジナル音源には出てこない楽器だが、楽器の特性が存分に表れているスリリングなアレンジだ。また、ドラムはフィルインの速打ちが刺激的だし、ベースラインも音程がめくるめくように動きまくり、リズム隊の生演奏によるグルーヴ感がヒシヒシ伝わってくる。カットアウトで締めるアウトロでも、TM NETWORKのオリジナル版にはない技を堪能できる。
 これだけダイナミクスの大きな演奏だと、録音に収めるときにどうしても仕上がりが、多くの場合において雑になってしまいがちだ。だがこのレコーディングでは演奏の醍醐味が損なわれることなく、うまく収録されている。それぞれのパートの味を殺さないバンド・アレンジと、収録を担当したレコーディング・エンジニアの確かな腕にも注目だ。

 こんな「Get Wild」で楽しませてくれた、二人目のジャイアン。バンド名がまず印象に残るよね。音楽やっていくのに、使う名前が「ジャイアン」かい!?っていう。うまいネーミングだ。本人たち自身はどんな音楽をやっているのだろう、と興味津々に2019年発売のアルバム「Keep On Music」のリード曲「Hello Hello Hello」を聴いてみた。僕が一番最初に引いた曲がいきなり当たり!
 この曲で目を引くのが、男女ボーカルのユニゾン・パート。僕はカラオケの録音を聴くときに第一興商のDAM★ともをよく利用しているのだが、複数人でひとつの楽曲を完成させるときに、ユニゾンをやるとイマイチ盛り上がらないという固定観念があった(合唱パートなど一部例外はある)。
 この曲は、サブ・パートの出し入れは少なからずあるにせよ、寄り添っている時間がすごく長い。後半部分は特に顕著。ほぼまったく同じメロディーを歌っているのに、男性ボーカルと女性ボーカルのどちらか片方欠けても駄目なんだよね。ユニゾン=ひと工夫足りないという図式が解けて、やりようによっては盛り上がるんだなというのが新たな発見になった。もっと聴き込めば、その「やりよう」が見えてくるかも知れない。
 ボーカルに関しては、「Keep On Music Keep On Music Keep On Music Over The Night」の部分での、音程を崩した歌い方がアツい。カラオケで例えると、音程バーの画面表示通りに発声しているだけでは出せない味だ。こういう表現をうまく操れるようになりたいね。
 楽器隊は人数が多いのにすべてキャラが立っていて、どれも個性派揃い。全員がキーマンのように感じられる。中でもAメロの「Hello Hello」の後に、音程を降りていく鍵盤演奏が気に入っている。
 まだ最後までアルバムを聴けていないのだが、他の曲も良い。アルバム丸ごと当たりな予感がする。


 


 
 

Zwei「Get Wild」「Movie Star」


 2004年にデビューし、昨年は15周年記念アルバムもリリースされた女性二人組・Zwei。そのボーカリスト・Ayumuによる「Get Wild」のカバー動画が今年インターネット上に公開されたばかり。先の二人目のジャイアンの大所帯編成とはうって変わって、ボーカルとギターのたった二人だ。
 僕は以前、楽器一本だけで「Get Wild」をやるなんて無理があるという固定観念を持っていた。しかし本家の制作手法を踏襲した、シンセサイザーを前面に推し出すサウンド以外にも、ジャズ寄りなアレンジやバラード調のアレンジなど、さまざまな姿の「Get Wild」に触れていくに連れ、もしかしたら楽器一本でもやれるかもと思うようになった。
 このカバーは二人だけで「Get Wild」という楽曲の世界観を再現すると言うよりは、むしろこの楽曲を用いて自分の声・ボーカルスタイルを表現する方に比重を置いて撮影されたように僕には思える。Ayumuの歌声の良さを認知させるためには、過剰な装飾はかえって妨げになる、といったところか。
 TM NETWORKの細かい音を散りばめたアレンジに慣れていると、パッと見は寂しく映るかもしれないが、静けさの中にもほとばしるボーカリストのパッションをぜひ感じていただきたい。単なるしっとりアレンジではない。聴き終えた後はメラメラ燃え上がるものがある。
 それにしてもカッコいい歌唱スタイルだ。息を多めに残す歌い終わりが特徴。真似できたら少しは近づけるかなあ。平凡な楽曲でも自分の喉ひとつで視聴に耐えうる楽曲に変えられるぐらいの素養を持っているボーカリストだ。もちろん、「Get Wild」が平凡な楽曲だなんて微塵も思ってはいないが。
 聴きどころはラストの「君だけが」の歌い回し。これは大のお気に入り。今後自分で歌うときも、意識していくことになるだろう。ワンコーラスで止めないで、ぜひ最後まで聴いていただきたい。
 さて、こんな一風変わった作風で、数多ある「Get Wild」カバー界に風穴を開けたAyumuだが、彼女自身の音楽ユニット・Zweiではどのような楽曲を制作しているのだろうか。
 実は僕はZweiのデビュー当時から、アルバム「Pretty Queen」をリピートで聴き倒していて、このカバーをきっかけに知ったというわけではない。だが知った順序が逆な方も勿論いるだろう。このカバーで、ボーカリストの声が気に入ったら、本体のZweiの音楽にも耳を傾けてみてはいかがだろう。
 1枚目のアルバム「Pretty Queen」は全曲において方向性にブレがなく、みな素晴らしい。一度再生を始めると、途中でトイレに行くタイミングすらない。それぐらい、鑑賞するのにもガッツリ気合いのこもる作品だ。
 デビュー曲の「Movie Star」も収録。アレンジ面では歌い出しのベースラインで小室哲哉ファンのリスナーに対するツカミはOKな感じ。楽曲が進行するに連れて動き方が激しくなるストリングスもポイントだ。音楽制作をしている方は、バック・トラックのもの寂しさを白玉のストリングスで安易に埋め合わせるのではなく、これぐらい音程を動かしてみると強いインパクトが得られるだろう。単に良い楽曲に恵まれているだけではなく、ボーカリストが元々持ち合わせている力がかなりモノを言っている。作曲家の想定以上の結果が出たのではないか。
 今回は「Movie Star」をピックアップしたが、「ワタシ飼いの歌」も捨て難い。いやいや、他にも良い曲たくさんあるしな…1曲に絞るなんて到底無理だ。
 ザックリと雑な例え方をすれば、生粋のTM NETWORKファンよりも、初期B'zの明石昌夫と制作していた頃のサウンドが好きな方にオススメしたい。



 いつもアーティスト名で検索している方は、たまには楽曲タイトルでやってみよう。アーティスト名で楽曲タイトル検索をするのも良い。これだけでも新たな発見につながる確率がアップする。外仕事の多いm-floのファンには必須の検索方法だろうが、それ以外のリスナーにも音楽鑑賞の際には心得ておきたいことだ。