YOASOBI「怪物」から感じる、90年代ダンス・ミュージックのエッセンス

 2020年の音楽J-POPシーンを沸かせた立役者を挙げるときに、YOASOBIは不可欠な存在だろう。当ブログの過去記事でも、彼らの楽曲「ハルジオン」を取りあげた。新曲の「怪物」も、まだ部分的にしかお披露目されていないにも関わらず、すでにカバー動画が公開されるほど注目が集まっている。

 そのカバー動画の中でも、面白い試みをしているのがコハクイロノ。。当時、未公開だったAメロBメロを独自に予想して追加した上でカバーしている。サビに移る直前の「みんな笑ってる」の旋律の動きなんかは、いかにもAyaseがやりそうな感じで、作曲者の癖をよく捉えているなあと思った。ブランク部分の埋め方も、自分の気の向くままに筆を走らせるだけではなく、第三者が聴いても「Ayaseあるある」な感じも出している上に、オリジナルの全公開よりも前に仕上げてしまうスピードも求められる。単なるカバーよりも一段階上の作品だと思った。後に公開された本家の1コーラス版も、さて、正解はどんな感じかな?と、一般の新曲よりも興味深く聴けて面白かった。

そのカバー動画がこちら。


尚、オリジナル版はこちら。



 今年の夏に小室哲哉の復帰作が出る際も、似たようなムーブメントが起きた。これは、楽曲の断片を聴いたリスナーが独自に続きを作っていくというよりも、リリース元のレコード会社側から、「クリエイターズチャレンジ」と銘打って、伴奏をつけて完成させてみませんかと、リスナーの方にはたらきかけていったもの。新曲の発売に先駆けて、浜崎あゆみのボーカル・トラックのみが公開され、思い思いの伴奏がつけられてウェブ上にアップされた。

 こういう話題の作り方もアリだね。単に完パケを公開するだけだと、さわりだけ聴いてピンとこなければ、リスナーに再生を途中で止められてそれっきりということもあるだろう。だが、足りない部分を補うとなると、想像力をフル回転させながら、その楽曲と対峙する必要がある。繰り返し聴いて楽曲を愛してもらうひとつの手法だ。

 前回の記事で取り上げた、加藤ミリヤ「19 memories」も、部分的に公開されたわけではないが、楽曲の一部分から発展させて新たな作品を作り上げる、という点では共通している。

 過去作同様、「怪物」も音楽シーンの注目の的になるのは間違いないだろう。僕が一番ビビッ!ときたのは、サビを歌い切った後の「越える」に続く間奏パートの旋律だ。速い展開で煽るアグレッシブなフレーズは心躍る。ここの部分を聴くと、無性に90年代にヨーロッパで流行したダンス・ミュージックが聴きたくなるのだ。

 このジャンルは小室哲哉プロデュースにより1994年に発売されたコンピレーションCDシリーズ「ユーログルーヴ#01」を皮切りに日本でも紹介された。現在ではEuro Danceという呼び方の方が通りが良いようだ。当時このコンピレーションCDを入手した方は棚から引っ張り出してみていただきたい。このシリーズ中でも特にイチオシなのが、EUROGROOVE#02収録のこの曲。

cappella「U & Me」



 元々は、その年に活動終了を表明していたTM NETWORK(当時TMN)ロスを埋めるべく手を出したコンピレーションCD。これは小室哲哉作曲による、ユーログルーヴのオリジナル曲「Rescue Me」や「Dive to Paradise」などが、海外のダンス・ミュージックと並べても遜色ないことを提示する目的もあってリリースされた。それまで洋楽にさほど興味のなかった僕にさえ、海外のアーティストでもツボな楽曲が目白押しで、すっかりこのジャンルの虜になった。シリーズの収録曲だけでは飽き足らず、収録アーティストのオリジナル・アルバムにも手を出していく。日本では入手できる作品も限られていたが、先のcappellaの他にも目星をつけていたのが、Fun Factoryだ。「EUROGROOVE#02」収録の楽曲「Close to you」を聴いた上で入手した、彼らのアルバムからこちらの曲を聴いていただきたい。

Fun Factory「Take Your Chance」



なんとなくでも、YOASOBIの「怪物」の間奏パートを聴くと、いかにもユーログルーヴのコンピレーションのどこかに使われていそう!と感じた僕の気持ちがお分かりいただけるだろうか。これは、後から似たようなものを出してきて独創性がない、といったマイナスな意味で受け取って欲しくはない。僕はYOASOBIの音楽は面白く聴いている。こんな雰囲気の曲調を路線として好んでいるわけで、似ていることはむしろ歓迎だ。ただ、作曲者のAyaseがユーログルーヴをリアルタイムで聴いていたとは到底考えられない。どこから着想を得てあの間奏フレーズを思い至ったのかは気になるところだ。

 このジャンルは時を経た現在もなお、後発のアーティストによって多数のリミックスが発表されており、盛り上がりをみせている。90年代当時のダンス・ミュージック・シーンに夢中になっていた方は、新しく生まれ変わった現在のユーログルーヴに一度触れてみてはいかがだろうか。また、音楽鑑賞を最近始めたばかりで、最初にハマったアーティストがYOASOBIだという方も、こういう過去の作品に触れるきっかけになれば幸いだ。


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