続・カバーで楽しむ、小室哲哉「RUNNING TO HORIZON」

追記:原稿の初投稿時点では、執筆内容に不足があり、小室哲哉氏の歌唱を批判しているかのような誤解を招く記事になってしまいました。実際には素晴らしいミュージシャンであるからこそ、音楽を通して下記のような、いろいろな気づきがあったので、ファンの方は筆者に批判する意図はないことをご理解いただきたいと思います。
読者の方に感謝申し上げます。

以下本文

 過去記事で小室哲哉が1989年に発売したシングル「RUNNING TO HORIZON」のカバー動画をピックアップした。今回はその続編になる。前回は国内のシンガーやインストゥルメンタルによるカバーだったが、今回は外国人や女性シンガーによるカバーを聴いてみたい。

Stefano Bersola「RUNNING TO HORIZON」

 TM NETWORK「Get Wild」であれば、国内にとどまらず海外でも広く歌われているが、小室哲哉のソロ活動の作品までもが海外に波及していたのには驚いた。こちらはイタリア語によるカバー。伴奏こそオリジナルに沿った仕上がりだが、言語が変わるだけでこうも印象が変わるのか。リズミカルさに拍車がかかった。イタリア語っていいなあ。特別な歌のトレーニングを積んでいなくても、ただ「R」と発音するだけですごく味のある歌い回しになる。日本人リスナーである僕にはそう感じた。

 イタリアの音楽シーンにおいてJ-POPの注目度が上がってくれば、もっともっとこのようなカバーが増えてくるかも知れない。そのときは、歌詞を翻訳するときに、似たような意味で複数の言葉が当てはまるケースでは、意図的に「R」の音を多めに使うような翻訳をしたらどうだろう。音楽的にはリスナーに刺さる仕上がりになるかも知れない。

 これは洋楽に日頃縁がないリスナーにも聴いていただきたい。たとえ全編外国語の歌詞でも、もともと良く知っている日本の歌なら楽しく聴いていられるだろう。この経験を入口にして、洋楽の楽しさも発見できれば何よりだ。僕も最初は洋楽にはまったく関心がなかったが、Dave Rodgersによるカバー・アルバム「TMN SONG MEETS DISCO STYLE」がひとつの契機になっている。



Nanao「RUNNING TO HORIZON」

 当ブログの過去記事でもピックアップしている歌い手のNanao。前回取りあげたときよりも、活動の幅を着々と広げてきている模様だ。既に彼女の歌を聴いたことのある方ならお分かりだろうが、歌唱力の高さは折り紙つき。TVアニメ・シティーハンター2の主題歌「Angel Night」のカバー動画に代表されるように、少々の難曲などものともしない印象があるが、今回のカバーはいつもとは少し勝手が違ったのではないだろうか。

 元々、歌のうまいアーティストのカバーであれば、オリジナルに追従していけばおのずと完成形にもっていけそうなものだが、今回はボーカルが本職ではない小室哲哉の歌のカバー。これを本人そっくりに追従しても、一部のファンにしか支持されないだろう。まあ、僕は小室哲哉に寄せた歌い方でも楽しんで聴けるし、なんだったら自分でもそういう歌い方をすることもある。

 本職のボーカリストがこの曲をカバーするのなら、オリジナルのトレースで終わるのではなく、メロディーを覚えたらどのように肉付けするのかは自分自身で行いたいところ。こういうのは歌を始めて急にできることではない。Nanaoが今作で実践しているように、過去の経験の積み重ねがものを言う。僕は小室哲哉の音楽は大好きだが、この曲のオリジナル音源を初めて聴いたときは、正直言って変な声だなあと思ったものだ。小室哲哉の歌声ではこの曲の魅力をイマイチ感じ取れなかった方も、Nanaoのカバーを聴いてみたら印象がガラリと変わるに違いない。エ!こんなに良い曲だったの!?と思うことだろう。

 歌の経験をある程度積んできて自信がついてきたら、うまい歌手の背中を追いかけるのではなく、このケースのように本職がボーカルではない人物による歌に挑戦してみてはいかがだろうか。たとえば普段はバンドで楽器を担当しているアーティストがソロ活動で歌っていたり、俳優・女優・コメディアンがリリースした楽曲などである。もちろん本人の歌唱をトレースしてもさほど収穫はない。メロディーをひと通り覚えたら、そのあとの表現方法は自ら編み出すのだ。

 この「RUNNING TO HORIZON」は後に本職のボーカリスト・宇都宮隆によってカバーされたが、女性ボーカルのカバーとなるとかなりのレア・ケース。僕も新鮮な感覚で楽しめた。改めて楽曲の良さに気づかされるリスナーも多いことだろう。伴奏は基本的にオリジナルに沿っているかと思いきや、間奏ではDJがレコードをこするスクラッチ音を入れたりして、意外なところで楽しませてくれる。

chi4「RUNNING TO HORIZON」

 続いても女性シンガーによるカバーだが、こちらは伴奏もお手製によるもの。愛情のこめ方はかなりのものだ。細かい仕掛けがふんだんに散りばめられたオリジナルとは一変して、スッキリ整理されたシンプルな伴奏。それだけにボーカルが一層引き立つ。先のNanaoのカバーと比べると、オリジナルとはガラッと印象を変えてきた感じだ。サビ直前の「星座の消えた空」で一旦音を止めてS.Eだけになるところや、「一人を恐れて逃げたくはない」でのピアノによる駆け上がりフレーズに見られるように、フィルインで楽しませてくれる。

 ボーカル・パートもただ上っ面をなぞっただけのカバーではなく、一音一音に込められた情報量がたっぷり。表情豊かな仕上がりで、「chi4」節とでも言えばいいのか、何を歌っても自分の色が消えることはないオリジナリティーを感じる。それも、決して主張が強すぎることなくアンサンブルにも気を遣った、良いサジ加減。これは歌だけではなく演奏やアレンジも自ら手掛けることに起因しているのだろう。

 公に披露するかどうかは抜きにして、ボーカリストと言えども楽器をたしなんでおくと、バンドの完成度が大きく向上する。自分のバンドにはギターが2人いるし、自ら弾く必要はないと思っていても、ギターを弾いてみてはいかがだろうか。本番のステージで披露しなくてもいい。なんだったらメンバーにすら聴かせなくてもいいし、自分の部屋からギターをサッパリ持ち出さなくても構わない。

 それでも、弾きながら歌うということを経験しているボーカリストと、楽器をまったく触らないボーカリストの歌では、仕上がりに差が出てくるのは明白だ。ステージにおいても、自分が歌っていない間奏でギターソロに移ったときに、ジェスチャーでギタリストを立てることが自然にできるボーカリストになれると思う。

 当ブログでピックアップした6曲のカバーに加え、オリジナル歌手・小室哲哉が1989年にリリースした2バージョンと、TM NETWORKのメンバー・宇都宮隆が後にカバーした2バージョン、さらに今年ニコニコ動画の特番で発表された、小室哲哉による最新リミックスを加えれば、アッという間にアルバム1枚分の曲数が揃ってしまう。これはぜひとも、「RUNNING TO HORIZON SONG MAFIA」として、まとまった形でリリースしてもらえないものか。


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