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古い歌謡曲への偏見が解けたライブ。宇都宮隆・福岡スカラエスパシオ公演(2022)感想

 5月22日に行われた、宇都宮隆のコンサートツアー『LIVE UTSU BAR 2022 ギア-レイワ4』の福岡公演を観てきた。多いときは年間10本、ほぼ月イチペースでライブやクラブイベントに出向いていた時期もある筆者だが、丸々1年以上もブランクが空いた記憶はない。久しぶりの生音の感触に浸れる機会が、自分のルーツでもある宇都宮隆のライブとなったことは嬉しい限り。

 出演者は以下4名。ボーカル・宇都宮隆、キーボード・nishi-ken、ギター・松尾和博、ベース・野村義男。

 オープニングは工藤静香『慟哭』のカバーから。途中でボーカルがnishi-kenにスイッチする瞬間はハッとさせられた。間奏ではマイケル・ジャクソンの『Beat It』が差し込まれている。オリジナルは持っていないが、COLDFEETのリミックスで知っていた。

 『君たちキウイ・パパイヤ・マンゴーだね』は予期せぬ選曲だった。筆者の日頃の音楽ライフでこの曲をオリジナルのままで鑑賞することは、まずあり得ない。それが『グラマラス・ライフ』をバックに表現されるのも驚き。オリジナル・アーティストのシーラ・EはTM NETWORK『Happiness×3 Lonliness×3』のレコーディングにも参加している。これを機に深掘りしてみてはいかがだろう。この間奏のリフがちょっとだけ、『Dive Into Your Body』に変わっていくのも、遊び心がある。ユニークな仕掛けだ。嫌いなピーマンも、母親がみじん切りにしてハンバーグに混ぜ込んだら食べられた!という感覚だろうか。

 『木枯らしに抱かれて』は、今注目している歌い手・MINT SPECのレパートリーにあるので、先程のように自分からは寄りつかない曲ではない。間奏でサイモン&ガーファンクル『冬の散歩道』が入り込んでくる。こちらは絡み合う2つの要素を、両方とも知っているだけに、より一層面白みが増す。宇都宮隆の音楽を隅々まで知っている程ではなくとも、音楽は洋邦問わず幅広く聴くというリスナーにも、新たな驚きがあって楽しめるのではないだろうか。


 MCでは「もし身長が190cmあったら?」というお題でメンバーが話をするうちに、どういうわけだかメンバー全員が身長順に整列することになる。松尾和博が腰に手を当てる姿はハマっていたなあ。最前列がよく似合う。


 nishi-kenは『魅せられて…』でメイン・ボーカルを担当した。この曲といえばやはり、ドレスの裾を両手でヒラヒラさせる動きだ。ジュリ扇を両手に持って、しっかりとあの動きをやっていた。こんなふうに、笑えるポイントも結構ある。TM NETWORKのシリアスなライブとは異なるところだ。


 終盤でみせた『赤道小町ドキッ』は、良く練りこまれた、お気に入りのアレンジだった。過去に配信で聴いた『蒼いうさぎ』ともども、キッチリとレコーディングして形に残す価値はある。宇都宮隆のボーカルは、やはり最高。長い間、音楽鑑賞は専ら録音物のみだったが、忘れかけていた生音の感触を取り戻せた。この間に配信ライブも急速に広まったが、それは生演奏の代わりにはならない。あくまで別物だ。
 
 実は、筆者はこの『それゆけ歌酔曲!!』という企画を最初から全面的に支持していたわけではない。むしろ懐疑的に見ていた。初めてこの企画がスタートしたのは2015年。行けはしなかったが、宇都宮隆の活動は追っている。当時のライブのセットリストを見てみると、古い曲がズラリと並ぶ。『恋人も濡れる街角』、『恋のダイヤル6700』…文字で見たら「なんだこれは!?」と愕然とした。

 この内容なら、木根尚登がギター1本担いでできそうなもんじゃないか。宇都宮隆が、バンドメンバーを何人も連れてやることじゃない。これではあまりにも刺激に乏しい。まったくワクワクしない。軽いワンナイトイベントでもなく、何公演もやるなんてどうかしてる。しかも最初こそ東京だけだったが、次第に地方も回って公演数も増えていく。完全に力の入れどころを間違えている。第一印象はこんな感じだった。


 それが、どうやら日本の歌謡曲を洋楽テイストのアレンジでやっているらしいことを後から知る。さらに公演の一部がネット配信されると、チケットを買うのは障壁があるけれど、ちょっと覗くだけ覗いてみるかという気になる。ここで実音を聴いてようやく、第一印象が誤解だったことに気づくのだった。

 会場まで足を運んで初めて、『グラマラス・ライフ』のリフをアコースティック・ギターの弦一本で弾いても仕方ないな、と思い直した。これを木根尚登ひとりでもできる内容なんて、勘違いも甚だしい。

 ネット配信が会場へ足を運ぶ大きなきっかけになったのは間違いない。これがなければ、筆者の誤解は解けないままだったろう。それゆけ歌酔曲!!開始当初のプロモーションが不十分だったのか、筆者がその魅力を把握しきれなかったのか。この企画を肯定的に受け取るまでに、結構時間がかかったものだ。

 ライブの全体的な流れは、ゆったりと気取らない空気だが、音自体までもがユルユルなのではない。2つの要素をミックスする構成のためか、セットリストの倍ぐらいたくさんの曲数を聴いた気分だ。1曲を演奏するにも2曲分をマスターしておく必要があり、メドレーとなるとそれを矢継ぎ早に表現できなければならない。経験豊富なベテランだからこそ可能な技だ。


 進行中に宇都宮隆が度々、楽しんでもらえているかどうか、こちらの満足度を気にするMCを挟んでくる。これもTM NETWORKではあまり見せない一面だ。全員マスク着用義務なので、即座に声を上げてレスポンスできない。ここは今までと勝手が違うな、と身を持って体感した。筆者の胸の内の熱い想いは、座りっぱなしではあったが、座席からステージまで届いただろうか。SUGIZOはLUNA SEAのライブで、声を上げられない状況でも想いは伝わると言っていた。当日、声を上げられなかった補完の意味でも、ここに文字に起こしてリアクションしてみた。

 この企画はTM NETWORKとの違いばかりが浮き彫りになるように感じるかも知れない。しかし、聴いたことのないアーティストやジャンルに興味を持つのには良い機会だ。聴く音楽の幅が広がるだろう。

 その上、制約の多い状況下にあっても、とにかく活動を止めずに、常に話題を提供し続けることに一役買っている。毎年秋に行われるツアーは、自らの持ち歌を駆使した本格的な内容だ。あくまで軸はこちらにあり、そこでは見せられないアイデアを発表する場なのだろう。筆者自身も、それゆけ歌酔曲!!に力を入れ過ぎるがあまり、これまでのような秋のツアーやTM NETWORK 3人揃っての活動がなくなったりして欲しくはない。

 それゆけ歌酔曲!!があることで、オフィシャルHPからも絶えず何らかの更新がされ、ここ数年はずっと休まず動き続けている印象がある。TVや音楽雑誌からでしか情報が得られなかった頃は、一旦リリースが途絶えてしまうと、消息不明なイメージになりがちだったのとは対照的だ。

 この企画の上っ面だけを見て、イマイチ賛同できなかったという筆者のような方も、会場まで赴いたり、M-TRESから発売されている過去の映像作品を入手してみてはいかがだろう。そこまでしなくても、引き合いに出されている洋楽を、セットリストからかいつまんで聴いてみるだけでもいい。何か別の見方が生まれれば幸いだ。


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