見出し画像

充電完了

1 ロードレース大会の日、Tは5キロの折り返し地点を回ると脇腹が痛くなり歩きはじめた。はじめのうち全校生徒中十番にいたTを後ろにいた生徒たちが次々と追い越してく。Tは頭の中で【水戸黄門】の人生落ありゃ苦もあるさという詩を思い起こしていた。
 Tは疲れるとすぐに歩く。母親に言わせると、あんたは飽き性ですぐサボるということだった。体育教師からは、おまえのようないい加減な人間はまともな大人にはならないぞと言われていた。
 ゆっくり歩いていると、汗をかいて走っている奴らを憎く思った。こいつらはなんのために走っているのだろう。なにか目的があるのだろうか。意味もなく走らされているこいつらは奴隷のようで好きになれない。
 Tは道端のベンチに座りこんだ。正面の川岸に桜が見えた。その桜は二本の幹が絡まりあって一本になっている。珍しい桜だ。花は満開に咲き誇っている。
 ほら、とTは思う。
 他の奴らには目にも入らないものを見るために、俺は寄り道をするんだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?