箱の世界〜愛が導いた奇跡〜④

3rd world 笑う悪魔と負け天使

ドキドキを隠せない私に次の日はすぐやってきた。
「みんなー!席についてー!」
先生が声をかけた合図でクラスの子が続々と席に着く。
「今日は話していた通り来週からみんなと過ごしてくれる臨時の先生を紹介します。」
その一言でみんなが息を飲んだのがわかった。
『失礼します。』
そう言いながら2-2の教室に入ってきた一人の男性。
わっ、......若い。見ただけで若いと100人中100人が断定できる優しそうな男性。
「じゃあ、自己紹介をお願い。」
はい。と返事をして先生の隣から教卓の前へと移動し教室の生徒をくるりと見渡す。
『東條 夏月(とうじょう なづき)です。名前の漢字がこれなので、よく、なつきに呼び間違えられますが、なづきです。数学の教師免許を持っていて今はここ虹丘中学校の非常勤教師と、心理カウンセラーとして働いています。短い間ですが、みんなと楽しく過ごしたいです。よろしくお願いします。』
とてつもなく爽やかな声と爽やかな笑顔。
もう、確実に優しい人なんだろうなってことがひと目でわかる。
一発目の挨拶で、クラスのみんなが来週からの生活を楽しみになったことが空気感でわかる。
「はい。ありがとう。東條先生。じゃあ、東條先生になにか質問ある人?」
担任の先生がそう言うと、クラスいちのムードメーカーが勢いよく手を挙げた。
『夏月先生は彼女いるんですかーーー!!?』
「そんなプライベートなことこんなところで話せるわけないでしょ!!」
担任の先生がそう言いつつも、夏月先生は、『いいですよ笑』と苦笑いで答える。
『彼女かぁ。半年前まではいたんですけど、フラれちゃいましたw』
苦笑いしながら答える先生を見て、ありえない。と小声で呟く女子もいるけど、唖然と固まっている人もいる。
『まぁ、半年も前の話なので、今は吹っ切れてます!それに、今日こうしてみんなに会えたことが凄く嬉しいです。』
少し前まで気まずい雰囲気だったのに、それを一瞬で変えてしまう夏月先生にはその後も、質問が絶えなかった。

「起立。さようなら。」学級委員の子がそう言ってみんなが一斉に教室を出始める。
私は華鈴ちゃんと一緒に話しながら帰っていたのに、家に着いたあともメッセージのやりとりで時間が早く過ぎていった。

月曜日からの学校が楽しみすぎると、あっという間に土曜日は過ぎていく。
今日は夏月先生と過ごす一日目の朝。
今の担任の先生が嫌なわけではないけど、私は夏月先生に会うのが楽しみだった。
「おはよう!」
華鈴ちゃんは私より早く来ていて、なんだか語尾に♪がついたような口調で私に言った。
「おはよう華鈴ちゃん。」
「あのね!瑚々!今日、数学の高薙(たかなぎ)先生お休みらしいよ!!」
「そうなんだ。早く良くなるといいね......」
「うん。そうだね。って違う!!今日数学あるんだよ!?」「うん。?」
高薙先生、怖いから苦手なんだよね......なんというか、クセが強い。
「だーかーらー!今日の数学は、夏月先生だって言ってるの!」
へ?
「ほ、ほんとだ。」
確かに金曜日に数学の教師免許持ってるって......
「やっと気づいたか。この天然少女」
天然ではないと思うけど、いつもなら憂鬱に感じる数学が少し楽しみになっているのはなんでなんだろう......?
夏月先生の話をしていると、『なになに?俺の話?』と言いながら後ろから夏月先生が声をかけてきた。
「わっ。おはようございます先生。」
『うん。おはよう。』
一日の始まりがそんな爽やかな感じの夏月先生に一瞬、胸がキュンっとした。

ん?キュン??なんで??

不思議な気持ちを抱えながらいると、チャイムがなり、HRが始まった。
『おはよう。先週も挨拶したけど、今日から先生に変わってきました。東條 夏月です。よろしくね。じゃあ、出席代わりに自己紹介してもらってもいいかな??』
じ、自己紹介......!?!?
初めましてのときでさえ、原稿を考えて前日までお母さんと練習してたのに。
じゃあ、右の端から行こうか。そう言い進む自己紹介と迫る自分の順番。
そして、私の番になった。
「えっと、松森 瑚々です。部活は吹奏楽部に入っています。」
『松森さんね。えっとじゃあ、質問。部活ではなんの楽器をしているの??』
「あ、えっとトランペットです。」
ああ、これね。と言いながら両手を前に出してトランペットのポーズ。
そんなポーズしてる先生が可愛くて仕方ないwww
『おっけー!ありがとう。』
よかった。答えやすい質問で。
1人心で安心した。
そのまま、順調に自己紹介と質問は進んでいき私はあることに気づいた。
"先生が質問する内容に被りがほとんどないこと"
たくさん、考えてきたのかな。そう考えると少し嬉しくなって今まで知らなかったクラスメイトのことに耳を傾けていた。

『うん。みんなありがとう。それで、今日、数学の先生がお休みということで急遽、俺が担当することになってるんだけど、今どこを勉強しているのか......じゃあ、宮槻。教えてくれるか?』
あ、はい。と返事をして昨日までのノートをパラパラめくる香澄くん。
『えっと、三角形の合同条件のところです。』
『あー!はいはい。じゃ、先生、勉強するので、これでHR終わりにします!』
先生が勉強ってwとクラスみんなが思ったであろう雰囲気は学級委員の声でいつも通りに戻った。
でも、私はなんだかいつも通りじゃなくて......。
HRの後半辺りから頭痛がして、華鈴ちゃんに保健室に行くと伝え教室をでてきた。
保健室は少し遠いから、少しふらつく身体をなんとか動かして歩ける状態だった。

ドンッ

「ご、ごめんなさい!!」
『いや、俺もごめんっ!!!って、松森さん。』
「え?あ、夏月先生。」
『大丈夫?怪我してない??』
「はい。」
『ならよかった。でも、もうすぐ授業始まるのに、どこにいくの?』
「そう言う先生こそ、どちらへ?」
『え、あ、自分の荷物がなぜか保健室にあるらしくて取りに行くところなんだけど、なんか、着かなくてw』
ん......?
迷ったってこと??学校で??
「あの、私も保健室に行くので良ければ......」
『ほんと!!?着いていっても良い!!?』
先生の後ろに白い子犬のしっぽが見える.......。
「はい。」
『え、でも。どうして行くの?......あ、やっぱりさっきので怪我させちゃった!!?』
急にシュンとするのほんとに犬みたいw
「私、身体が弱いっぽくて......よく来るんです。」
『そうなんだ。』
......?あれ。今日って確か保健室の先生......。
『あれ、?出張って書いてある。松森さん!先生いないけど!?』
「あ、はい。知ってます。言われてたので。」
今日はたまたまいないけど、もしもの薬の場所は把握してるから大丈夫。
そうなんだ。という少し心配そうな先生の声を耳にしながら保健室の奥にあるベットに横になりに行く。
久しぶりに保健室に来た感覚で、自分の病状が良かったことにすごく嬉しさを感じたまま、ベットに横になり2、3分で眠りの世界に入っていった。
1時間目が終わるチャイムで起きて、私は教室へ戻った。
「あっ!瑚々!!大丈夫だった!!?今日保健室の先生いない日だよね!?ひとりでいたの!?」
慌てながら話を聞いてくる華鈴ちゃんに、保健室前で夏月先生に会ったことを話した。
「そうなんだ。夏月先生と......。で、瑚々の具合は!?大丈夫なの!?」
「大丈夫だよ。最近少し寝不足なだけ。」
ごめん。華鈴ちゃん。いつか話すから......。
それからは一日が早く過ぎていった。
3時間目の数学の授業では、ほんとに久しぶりに授業をする人の授業なのかってくらい分かりやすい授業だった。
家に帰って、リビングの扉を開けようとした時、学校で感じたものとは比にならないくらいの頭痛が急に身体を襲った。
その場に立っていられないくらいの痛みで私はその場に崩れ倒れた。
少しずつ遠ざかっていく意識と崩れる音がキッチンまで聞こえたのか、既に家にいたお母さんの声が遠く聞こえる。
「瑚々......?瑚々っ!!!!!」
お母さんの呼び掛けは聞こえるのに、目の前が真っ暗で、私はそのまま意識を手放した。

次に目を開けたのはその日の夜だった。
部屋の外からお母さんとお父さんが話している声が聞こえるが私は近くに置いてあった清涼飲料水を飲むために重たい体を起こした。
あれ?美味しくない。というか......味がしない。
でも、これも疲れているんだと思い、ふぅ。と息を吐く。
しばらくして、ノックの音がして、お父さん達が部屋に入ってきた。
「瑚々......もう大丈夫なの?」
少し焦ったお母さんの問いかけに私は微笑みながら、うん。と答えた。
お父さん達はホッとしているようだったけど、どこか決意を固めたような表情も垣間見えた。

『あのな、瑚々。落ち着いてお父さんたちの話を聞いてくれるか?』
軽く頷きそれを見たお父さんたちは話し始めた。
『今......というか。さっき瑚々は玄関で倒れたことをおぼえているか?』
「え?なんとなく。」
『瑚々。それ、な。瑚々の病気の症状なんだ。』
「え?だって、私の病気には症状がないんじゃないの?」
上手く状況が飲み込めなくてお父さんの方を見ると、またお父さんは話し始めた。
『転校する前に病気を診断されたときお父さんたちだけ呼び出されて症状の発作の説明をされたんだ。その時に言われたものがさっきのとすごく似てる。というか同じなんだ。』
「発作......」
もっと分からなくなり、お母さんの方を見ると、目の周りが赤くなっていて涙を浮かべていた。
『瑚々、続きを話してもいいか?無理なら、今日は寝なさい。』
心配するお父さんの声を聞いて、
このまま自分の病気のことをよく知らずにいるのは、隠れてコソコソしているのと同じだ。
そう思い私は、大丈夫。とお父さんに伝えて続きを聞いた。

『診断された時にも言われたけど、瑚々の病気は"感覚神経失陥症"といって、人間にある五感のどれかが一時的に失陥する。つまり感じ取りにくくなる病気なんだ。』
病名は聞いていたけど、その後のことは初耳で、本当に自分が病気なんだということを実感した瞬間だった。
そのとき、今まで喋らなかったお母さんが口を開いた。
「黙っててごめんね。瑚々。でも、命に別状はなかったんだから、これからきちんと病院に通って治していきましょ。きちんと通って診察を受ければ発作は起こらずに今まで通り過ごしていけるから。」
さっきよりも涙ぐんでいるし、声は震えているお母さんを見て、私は頷くことしか出来なかった。
                                                                          次回へ続く