箱の世界〜愛が導いた奇跡〜⑨

8th world  再会と白いアザレア

『おっ!今日は彼氏さんも一緒か。見せ付けてくるね~。瑚々ちゃん。』

診察室に香澄くんと一緒に入って最初に言われた言葉は私の心をくすぐった。

『すみません。一緒でも良いんですか?』

後ろの椅子から申し訳なさそうな声で確認をとる香澄くんに対して、ほし先生は

『ダメな理由なんてない!』と即答。

面白くて、ふふっ。と笑うと『あ、でも......』と、ほし先生が口を開いたので、香澄くんは真剣な顔で聞こうとした。

『心音とか聞くときは我慢してね。彼氏さん......?』

そんなこと、わざわざ......って、いつも心音聞くのは女性の先生なのに......。

同じ部屋にその先生はいるけど、そんなこと分からないくらい香澄くんは動揺してる......。

『が......がんばります。』

しばらく表情筋が固まっていた香澄くんが意を決した答えをだすと、もちろん先生は爆笑し冗談と伝えた。

その後、いつもより騒がしい診察が終わり部屋にもどった。

『あっ、おかえり~。瑚々ちゃん。彼氏さんも!』

相変わらず、笑顔が絶えない魁......新川くんはとっても機嫌がよさそう。

それを見ても、香澄くんはもう機嫌が悪くないようで・・・安心。

一人ホッとしてると、香澄くんが新川くんに話しかけた。

『瑚々は俺の彼女なので好きになったりしないでください。』

香澄くんが見せ付けるって言ってた通り。宣戦布告。

それをみた新川くんは急に笑い出した。

一体なにが可笑しいんだと香澄くんは納得いってないみたいだけど。

『俺、彼女いるから、彼氏さんが心配してるようなことは何もないよ。』

香澄くんは、すっごく驚いたような顔をしてるけどどこかホッとしてる......?

『じゃあ、彼女いるのに他の子に可愛いとか平気で言ってるんですか?』

苛立ちを覚えた香澄くんの声は新川くんに聞こえたみたいだけど

『可愛いって言ったのは本音だけど、俺、彼女前にすると人格変わるらしいから君の彼女には手も足も出さないよ。』

人格が......変わる?この新川くんが?

「あの、新川くんは何歳なんですか?」

話を聞いてる限り、私とは歳が近くない気がする。

『ん?俺は18だよ?君達くらいのときから今の彼女と付き合ってて春から大学!』

やっぱり......4つといっても、かなり違うや。

でも、彼女持ちで年上で、人格が変わる......?とかはよく分からないけど、それを聞いた香澄くんの心配は消えたみたいで、いつの間にか交際期間が長いとかで先輩というように慕い、色々話し込んでいた。

ベットに入ると、新川くんが『あっ』と声をあげたのでビックリしてみると、

『今日、俺の母親の従兄妹くるから!』といった。

新川くんのお母さんの従兄妹だから、はとこってこと?

「良かったね。お見舞い来てくれるんだ。」

『俺と歳けっこう離れてるけど、すっごい優しいんだぜ!』

賑やかな日は楽しくて好きだから早く会ってみたいな。

「香澄くん、今日は何時までいられる?」

どうせなら、長く一緒にいたい。そう願いながら聞いた。

『うーん。母親には夕方って言われたから4時くらいかな。』

今、2時半だから、あと1時間半か。

『大丈夫だよ。また、明日もくるから。』

優しく頭を撫でてくれて、笑いかけてくれる香澄くんがカッコよかった。

『ひゅーっ!見せ付けてくれるね~。』

隣から新川くんの声が入った。その途端、香澄くんがシャっとカーテンでベットを囲みベットに押し倒された。

ちぇー。と新川くんの不満そうな声は私にも聞こえたけど香澄くんが止めてくれるはずがないことは私もいい加減覚えた。

そして香澄くんは押し倒しただけではもちろん止まってくれなくて上からたくさんのキスが落ちてきた。

香澄くんに限界!と伝えるまで、それは続いた。

香澄くんは満足してないようだけどこれ以上は体力が持たないのでベットから降りてもらい呼吸を整えると共にカーテンを開けた。

『あっ。もう着いた?うん。502号室だから!迷わないでね!』

新川くんは看護師さんにバレないよう、洗面所で電話をしていた。

「新川くん。今の電話、さっき言ってた?」

『うん。着いたって言うから。』

意外と方向音痴でさ~。と笑って教えてくれて香澄くんも落ち着いたみたいだし、時間も間に合ってよかった。

香澄くんには、後でお見送りするときに部屋から出て軽く!と言ってやめてもらったからそのときは覚悟してよう。

コンコン。

『あっ!きた!』

喜んだ様子は4つも上なんて考えられないくらい無邪気だった。

無邪気な新川くんの顔が見ていないのにとても嬉しそうで、親しい人が来てくれると不安な気持ちがなくなることを改めて実感していた。

『こ......こ。』

香澄くんに押し倒されたときに乱れたベットを綺麗に整えながら耳だけ傾けてると、香澄くんが驚いたような声で名前を呼んできた。

「なあに?」

『後ろ、むいて。』

後ろ......?

ドアと反対方向を向いていた私は言われたとおり後ろ。つまりドアのほうをみて絶句した。

後ろを向く前の私には予想もしてなかったことが起きていたから。

「......えっ?」

『久しぶり。松森さん。』

「なづき......せんせい?」

目の前にいたのは私のクラスに臨時で来ていた東條夏月先生だった。

『えっ?瑚々ちゃん、なづお兄ちゃんと知り合い?彼氏さんも?』

新川くんもビックリしてるけど、香澄くんもビックリしていた。

『驚いたよ。部屋に入ったら見覚えのある2人がいたから。元気だった?って、元気だったらここにはいないよな。あっ、魁吏、元気か?ってその顔は平気そうだな。松森さんと宮槻とは瑚々ちゃんたちの学校に1週間臨時で行っててそれで知り合いなんだ。』

相変わらず、爽やかな笑顔をしながら魁吏くんに私たちのことを説明している目の前の人は紛れもなく臨時の担任だった夏月先生。

私の好きだった人。

「元気です。私は今回検査で入院してるだけなので。」

『俺も、元気です。』

『良かった。最後の日も慌ててたから。また会えて。』

そうだよね。あの日は思いがけずに発作が起こって夏月先生に助けて貰ったんだし。

「あの時は、助けていただき、ありがとうございました。」

『大切な生徒が倒れてるのに放っておく教師なんかいないよ。僕は当たり前のことをしたまでだ。』

「え......、でも、抱きかかえてくれたって......」

『え......あ、まあ......あの時は、軽すぎてビビッたよ。』

苦笑いしてるけど、異性に抱きかかえられたことなんてお父さんしかいないよ......。

でも、香澄くんと初めてキスしたことも付き合い始めようと思えたのも夏月先生が手紙とボイスメッセージで勇気をくれたからだった。

『2人が一緒にいるってことは......』

夏月先生が少しニヤつきながら聞いてきたので香澄くんより先に答えた。

「はい。私達、付き合ってるんです。」

それを聞いた香澄くんは驚きながらも後ろからギュッと抱きしめてくれた。

『よかった。松森さんが辛い思いしてなくて。』

ニコっと笑った顔は私が恋してた夏月先生の笑顔だった。

でも、わたしがときめくのはもう一人しかいない。

そう思って、バックハグしている香澄くんをみるとニコッと笑って

『なに?キスしてほしいの?』とこんな人前であってはならないことをサラッと言うので「何いってんの!?」と少し怒ってみた。



『瑚々、良かったね。』

新川くんが夏月先生と出かけているときに香澄くんが笑って言ってくれた。

「うん。会えて良かった。」

『瑚々、浮気しないでね?』

「え、?浮気?」

『だって、東條先生と話してる瑚々、すごく楽しそうで笑顔だったから。』

まただ。少しふて腐れた香澄くんが、とんでもなく可愛いと思えてしまう。

「もう、香澄くんしかいないよ。」

『瑚々......。』

楽しいとか嬉しいとか辛い、悲しい、なんでも、どんな感情も香澄くんと感じていきたい。

大好きだから、どんなことも共有しあえる存在になりたい。

ずっと、ずっと、香澄くんのことを好きでいて隣にいたい。

『瑚々、キスしていい?』

「えっ?」

『ダメ?今、誰もいないし、もうすぐ俺帰らなきゃいけない時間だから。』

「っつ。い......いいよ。」

いいよ。って言うのめちゃくちゃ恥ずかしかったけど......。

やった。と喜ぶこの香澄くんの顔を見られるのはクラスの誰でもない彼女の私の特権。

香澄くんにベットに寝かされ受け入れる準備をする。

「香澄くん、」

『ん?』

「大好き」

素直に気持ちを伝えただけなのに香澄くんは、『もう無理』と言ってキスを落としてきた。

キスをしていて、いつもと同じくらいの長さなのに少しだけ、息を吸ったときに違和感を覚えたのは、私も気づくことができなかった。


『病気が悪化しているようで......。症状が重くなっています。』

苦しくて、上手く呼吸が出来ない。その時熱はなかった。

それでも治らずいつもはしないような検査までした結果。

聞かされたことにクエスチョンしか出てこなくて、自分が分からなくなったのは

周りの子が新しい学年への準備をしている3学期の真ん中あたり。

この病気が悪化していくことを初めて知った日だった。

ベットから起き上がる朝、なにかからだの中でひゅっという感覚をおぼえたけど

何も起こらなかった。  その時は。

着替えて、学校に行くはずだったのに。

最近調子が良くて薬の量も減り始めていて、走り込みをする体育の授業にも自分の意思で参加したいと思えるようになっていた。けど、階段を目の前にした途端、あり得ないくらいに息が吸えなくなった。

人はこんな状況のとき絶対に歩けない。呼吸をしてこの世の生き物は生きているから。

だから当然、私も歩くことが出来ず無意識に階段から体を遠ざけ意識を失い倒れた。


目をあけたのは、もちろん病院のベット。

でも、このとき私は初めて自分がなぜここにいるのか忘れていた。

「お母さん......?」

「瑚々!?」

目の前の人をふいに呼んでいた。

お母さんからは涙が零れていて、私も何故ここに自分がいるのか分からずに泣いた。

「お母さ......ん、あの、何が起こったの?」

「発作が、起こったのよ。覚えてないの?朝、家の階段で」

私はその時、うん。とは言わず、まるで知っていることを聞いたように答えた。

記憶までもが病魔によって侵食とともになくなることを信じたくなくて。

きっと、今回はたまたまで、これは病気の症状じゃないと信じていたくて。


頭痛を和らげる薬が効いてきたその日の夕方、それにあわせてわたしは体を起こしていてもしゃべれるようになった。

『瑚々っっっ!!!!』

「香澄くん。」

病院と忘れて部屋まで聞こえる焦って走ってくる音とともに大好きな人が会いに来てくれた。

額からは、汗が零れていた。

お母さんは香澄くんに冷たい飲み物を買いに行ってくれて私は香澄くんの「良かった。」という言葉のこもった優しいキスを、ただひたすら愛しい気持ちで受け止めた。

『瑚々、具合は?』

香澄くんが満足するまで続いたキスは意外と早く終わった。

それはきっと、朝に呼吸困難を起こしたと聞いたからだろう。

私も、聞くまではなんでこの場所に自分がいるのか全く分からなかった。

呼吸困難なんて相当重病ってことだよね。

「大丈夫。薬が効いてきたみたい。」

まだ、これは私の見解だから。確定してないことを言ったことによって目の前で安心している大好きな人を不安にさせたくない。

目の前で悲しげな顔をしながらも、ここに来たときよりは安心している香澄くんの目には涙が零れ落ちるくらい溜まっていて「私は大丈夫」と言って背中をさすらなければ香澄くんは涙を流してはいなかった。

翌日。

私は、再び激しい痛みに襲われた。

体中が酸素を欲しがっているのに上手く呼吸が出来ない。最悪の状態。

私は一時的に集中治療室に運ばれた。

この病院の集中治療室は血縁のある人ではないとたとえ恋人であっても立ち入りを禁じられる。

集中治療を受ける人の中でも入る人はごく稀という高濃度酸素室に私がいたから。

意識はあった。でも、ただ苦しいという世界でもがく事しかできない。

人は酸素を取りすぎるとダメだからお母さんとも会える時間は少なくて。

思い出したくもない中学1年生のときの孤独感を感じていた。

私はそこに3日間いた。体調が良くなるまで。

3日後に普通のちょっと前までいた病室に戻った。

ただし、いつ、またあの痛み、呼吸困難が襲ってくるか分からないため人工呼吸器をつけて。

学校では、春休みに入っていて香澄くんも毎日会いに来てくれた。

初めて人工呼吸器をつけている姿を見たときは香澄くんでさえ激しく動揺していた。

でも、話すとかなりの体力を使うと伝えると香澄くんはずっと手を握っていてくれた。「聞いているだけでいいから。」と言って色んな話もしてくれた。

私が眠りにつくまで隣にいた香澄くんが帰り際にお母さんと泣いているなんて知る由もないほどに楽しいはなし。

人工呼吸器が取れるまで回復したのは香澄くんと私が受験生になって1ヶ月たった5月の末。

私は、入院している学生のためにある院内学校で勉強をしていた。

肩書きだけの受験生。これから自分がどうなるかなんて分からなくて不安を感じる日々。

肩書きだけでも勉強はする。中学生の勉強は社会の常識ばかりだから一生懸命がんばった。

勉強も、治療も。

香澄くんが会いに来てくれるのは1週間の最後。日曜日。

1日中一緒にいられることが幸せで、平日の治療が少ししんどくなっても頑張ることの意味は香澄くんが会いに来てくれる日曜日に少しでも元気な姿でお迎えしたいから。

院内学校で紗由香ちゃんというお友達もできて、華鈴ちゃんとはテレビ電話で話した。

体調が良くなるにつれて体についていた管みたいなのも外れていく喜び。

点滴をもちながらだけど香澄くんと病院の中庭をお散歩できる喜び。。

こんな私でも、会いにきてくれる度に「大好き」とたくさん言ってくれる香澄くんと付き合っていられる喜び。

生きていられる喜び。

治療の方向を治すことにしていなかったら余命を宣告していたということも元気だから笑い話として担当医から聞ける。

今日は香澄くんが会いに来てくれる日曜日。

『瑚々!』

名前を呼ばれるたびに自分の名前に誇りがもてる。

「おはよう。香澄くん。今日は早かったね。」

まだ午前中の10時をまわったところ。いつもならお昼くらいなのに。

『瑚々に渡したいものがあったから。早く来た』

「え!?なになに?」

『これ......!』

そう言って、手に持っていた袋から取り出したのは20センチくらいの小鉢に入った枯れない素材でできている白い花。

『花には、花言葉って言うものがあるんだ。その中でも俺が瑚々に渡したい花。本物だと、枯れちゃったり香りがきついものもあるから、造花にしてもらった。』

「これにはどんな花言葉があるの?」

『これは、アザレアっていう花で中でも白のアザレアには......
"あなたに愛されて幸せ"とか"永遠の愛"っていう意味がある。』

「え......?」

花言葉を聞いた瞬間涙が出てきた。

『瑚々!?どうしたの!?どこか痛いの?どこが苦しい!?』

目の前で慌てる香澄くんに「違うよ」と言った。

「幸せなの。香澄くんは、こんな私でも大好きって言ってくれるから。」

『瑚々、違うよ。こんな私でも。じゃなくて、こういう瑚々だから好きなんだよ。大好き』

香澄くんはニッコリ微笑んでくれてもう一度大好きといって優しいキスをくれた。

「幸せな涙、初めて流した。」

唇が離れて思った本心をポロッと口に出すと、

『俺も。初めて好きになった人が瑚々で幸せ』

香澄くんと同じ気持ちなだけで嬉しさと幸せって気持ちが体全体で感じられる。

でも、私はいつ発作が起こるか分からない病気。

「病気を持っているのに香澄くんと付き合ってていいのかな」

『病気を持ってる、持ってないなんて関係ないと思うよ。それに、俺は瑚々が病気だって知る前から瑚々のこと大好きだったもん』

なんなら、一目惚れだよ?と自信満々に言ってくれる香澄くんが隣にいてくれるのがうれしくて。私は自分から香澄くんにキスをした。

初めて、私からしたことに香澄くんは嬉しかったようで、好き。と言ってくれた。

私も好き。と返していた私たちの姿が周りからお似合いのカップルに見えていたらいいななんて考えるようにまでなった。

好き。と言えることが、抱きしめあえることが、隣にいられることが、

どうか......続きますように。

「「神様、私から彼を奪わないで下さい。」」

病気が治りますように。ということより私は彼と......香澄くんと......愛する人と一緒にいられますように。とお願いし続けていた。


                                                                                      次回に続く