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2日間の奇跡


大切なひとを失った悲しみは、そう簡単には消えない。
その人がいるのことが私の日常だったから、いなくなった途端に私には"非"日常が襲いかかった。

去年の秋、付き合っていた彼氏が事故に巻き込まれて19歳という若さでこの世を去った。
朝起きて電話で彼を起こすことから始まっていた私の一日は、かけても繋がらない電話から始まるようになった。
もう彼はいないのに。
毎朝、電話をかける。『おかけになった電話は電波の届かないところにあるか、電源が入っていないためかかりません。』
毎日聞くこの言葉。
本当なら、大好きな彼の声が聞こえるはずなのに......。

1年前の秋。
私は彼と紅葉を見に行く約束をして、お互いの家の中心位置にある駅で待ち合わせをしていた。
午前10:00に待ち合わせで、10:15分の電車に乗って、11:00頃、お目当ての紅葉が見えるところに着く。
その予定だったのに。
彼は、待ち合わせに来なかった。
メールを送っても既読すらつかない。
電話をかけても繋がらない。
彼の家に電話をかけても、『出かけた。』と言われるだけで、なにも手がかりがなかった。
私は駅のベンチで夕方まで待っていた。
空腹すらも感じないほどに、彼を......待っていた。
夕陽が見えてきた頃、私の携帯に電話がかかってきた。
相手は......彼の携帯から。
やっと繋がった!ただその思いだけで、スグ電話に出て、『今日、どうしたの?大丈夫?もしかして私が日にち勘違いしてたとか!?』と彼に問いかけた。
しかし、聞こえた声は......
『陽鞠(ひまり)ちゃん......夕貴(ゆうき)が......っ』
彼のお母さんからの電話。それも、彼の携帯から。
何故か電話の向こうで泣いているような声の夕貴のお母さんは、何かを必死に伝えようとしていた。
そして、次の瞬間、私の耳に入ってきたのは。
『夕貴が信号無視の車の事故に巻き込まれて、病院に運ばれた。』
嘘だと思いたかった。
私が呑気に待っている間に、夕貴は苦しんでいたなんて。
私はすぐ、教えられた病院に向かった。
大丈夫。きっと病室に入ったら、なんてことなさそうな顔で私に笑いかけてくれる。そうずっと思いながら。
でも、現実は違った。
『夕貴っ!!!!!!』
病院ということを忘れ、ガラッと勢いよく開いた扉の先のベットにいたのは、至る所に包帯を巻かれ、身体中に管を繋がれて酸素マスクをしている痛々しい夕貴の姿。
『ゆ......うき? ねぇ、起きて?私たちまだ紅葉見に行ってないよ、私駅で夕貴のこと待ってたんだよ。怪我とか、なおっ......てからでいい......からさ、起きてよ、ねぇ、夕貴っ!!!!!!』
その後の言葉は右から左に流れていくように私の頭には残ることがなかった。
『脳死状態。車に轢かれた時、頭を強く打ち付けられた衝撃ですぐこの状態になったと思われます。』
そんなお医者さんの言葉なんて信じられない。だって目の前で夕貴は......夕貴の心臓は動いてる。手だってちゃんと温かい。なのに、助からないの?
『おそらく、あと2〜3日で心停止すると思われます。』
その言葉を聞いた途端、後ろで話を聞いていた夕貴のお母さんが泣き崩れた。
それからの日々はすごくはやくながれていった。
お医者さんの言う通り、事故から2日で夕貴の手から温もりが奪われた。
信じたくないのに、信じられないのに、私はなんで今、黒い服を着ているの......?
ねぇ、夕貴......。

夕貴が旅立ってから1年。
私は成人式の案内を家でボーッと見つめていた。
夕貴がいないのに、成人おめでとうなんて祝える気分ではない。そう思って不参加に丸をつけようとペンを持ったとき、家のチャイムがなった。
宅配便かな。そう思い、『いまでまーす』と言いながら玄関に向かった。
『ごくろうさ......え?』
いつも通り、ご苦労さまです。そう言って荷物を受け取るはずが、玄関の扉の前にいたのは、1年前、命を落としたはずの夕貴だった。
『夕貴......?本物?』
『陽鞠......。』
『夕貴だ!夕貴がっ!』
会いたかった人に会えた喜びで私は夕貴に抱きついた。
一瞬、驚いた様子もあったが、夕貴も抱き締め返してくれた。
でも、何かが違う。
抱きしめてくれてるのに、温かさを感じない。
『夕貴......』 
名前を呼びながら、顔を上げて夕貴の顔を見ると、目の前の大好き人の顔は、悲痛で歪んでいた。
『ど、どうしたの?夕貴。あ、寒いでしょ?中入って。』
ひとまず夕貴を家の中に入れてダイニングテーブルにコーヒーを入れたコップを置いた。
もちろん、ミルクを添えて。
『よく、覚えてたな。ミルクのこと......。』
『覚えてるに決まってるじゃん。苦いの苦手だもんね?』
こんな日常的な会話がまた夕貴とできるなんて、夢にも見ていなかった。
コーヒーを半分ほど夕貴が飲んだ時、急に、真剣そうな顔をしてこちらを見てきた。
『陽鞠......落ち着いて聞いて欲しいことがある。』
『え?うん。どうしたの?』
『......俺は、あの世から来たんだ。』
『え?』
急にそんな事言われても、目の前の夕貴は服も来てるし肌ツヤもあるし、何より飲み物を飲めている。
『そんなこと......』
『ほんとなんだ。いまは、神様の......力で、ここに存在できるようにしてもらってるんだ。2日間だけ、1番会いたい人に会える力なんだ。』
信じられなかった。
じゃあ目の前の夕貴は幽霊ってこと?
『俺のことは陽鞠にしか見えないようになってる。』
付け足すようにそういった夕貴は、あの日のことを少しずつ話してくれた。
私との待ち合わせに向かうとちゅう、交差点で信号を待っていて、青になり横断歩道を渡ろうとしたら信号無視の車が目の前に飛び込んできた。と。
『待ち合わせに行けなくてごめん......待っててくれたのに』
悲痛で歪んでいた顔はさらに歪み、下を向いていた。
でもいまは、そんなことで悲しんでる訳にはいかない。
『2日間、私と一緒にいてくれるの?』
さっきの夕貴の話を聞いてる限りそういうことになる。そう思っておそるおそる尋ねた。
『家に帰らなくていいのか。とも神様には言われたけど、俺は1番に陽鞠に会いたかった。陽鞠、俺と2日間過ごしてくれないか。』
『もちろんっ!』
せっかく夕貴が会いに来てくれたんだから。
それから私は夕貴と他愛もない会話や行動、日常的な生活をした。
周りには見えないらしいけど、私はとても幸せだった。

2日間という期間はすごくあっという間で、2日目の午後17:20。ちょうど夕貴が息を引き取った時間に夕貴は戻らなければいけないという。
もうすぐ時間が迫ってる時に、夕貴は私の家のダイニングテーブルの横にある引き出しの上の成人式の案内を見ていた。
『行かないの......?成人式。』
『え?、』
『だって行かないに丸ついてる......』
そっか、あの後丸をつけたんだった。
『行かないよ笑  そもそも、夕貴のいない成人式なんて...』
自分で言ったことなのに、言った途端、涙が込み上げてきて、嗚咽を漏らしながら必死に涙を拭った。
『あーあ。目ぇ腫れるって。ほら。泣かないの。』
目の前でそういう夕貴の目もほんのり赤くなっていた。
『行ってよ。成人式。』
『え、......なんで。』
『俺の事気にしてるんだったら、なおさら行って欲しい。俺は一緒には参加出来ないけど、ずっと陽鞠の事見てるし、ずっと大好きだから。』
そんな......こと......言われても......。
『大丈夫。ずっと俺は陽鞠の事見てる。』
『私も......夕貴のことすきっ!だいすき!』
『ふふっ。ありがとう。あ、そろそろだな。』
時計を見て夕貴がそう言う。
『あ。そう......だよね。』
『じゃあ、行くな。2日間ありがとう。』
この2日間、日常的な生活を一緒に過ごしてたけど、夕貴はもうこの世にはいない。特別な力で会いに来てくれてる。
本当なら、私は大泣きしているんだと思う。
大好きな人がいなくなっちゃうんだから。
でも、今の私は、夕貴とのいわゆる"未練"というものを無くすために過ごした。その中で、私は夕貴にたくさんの愛をもらった。

『うん。またね。夕貴。』
『もっと泣くと思ったのに......笑  ありがとう。陽鞠。愛してるよ。』
その言葉を最後に夕貴は、姿を消した。
でも。もう寂しくない。
夕貴が会いに来てくれたこともそうだけど、私の心に空いた穴を埋めに来てくれた。


次に目を開けたら、私はダイニングテーブルのイスに座っていた。私が、あの日、参加しないに丸つけようとした成人式の案内を前にして。
夕貴に会う前の私は迷わず、不参加に、参加しないに丸をしていたと思う。というかあの時はもうつけていた。でも不思議と真っ白のままになってる。
これも夕貴の仕業かな......。
でも。ありがとうしかないかも。


1年前の秋。紅葉を見に行く予定だった私たちは出会うことなく恋に終止符を打ったと思ってた。
絶望しかない1年を過ごした時、会いに来てくれた夕貴は私の大好きな夕貴のままだった。
最初は信じられなかったけど、夕貴の言うことは信じようと思った。
本当にありがとう。と今なら言える。
『みててね。夕貴。私は夕貴の分まで楽しく生きてみせるから』
そう呟いて、私は案内の参加するに丸をつけた。


(完)