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ナッジで組織を柔軟にする3つの方法〜医療系スタートアップ企業創業者 ナッジを語る〜 #3(全3回)

この記事は株式会社ファストドクター創業者 小石祐司さんと、行動経済学者 竹林正樹さんの「ナッジに出合って組織が変わった」対談です。

今回は前回(#2)に引き続き「変化❷と❸」「なぜ、ナッジ講演後に結果をだせたのか?」のお話しです。

前回のお話しに出てきた変化❶は、「共通言語 『それ、ナッジだね』が社内をポジティブにした」でした。

変化❷ 「ルール」から「約束」。言葉1つで行動が変わった!

(小石)
コールセンターの決まり事として「15分ルール」というものがありました。
電話を受け取ったスタッフは聞き取りの後、「医師に確認しますので15分お待ちください」と1度電話を切るんですよ。
聞き取り内容を医師に伝えて医師がトリアージし、往診の可否を決め、15分以内で患者さんに電話します

それまで、医師と連絡が取りづらかったり、問診票を作るのに手間取ったり、同時進行で違う作業をしてたり、といった事情で15分ルールが厳密に守られなかったこともありました
患者様は1分でも遅れると急に不安になる。それがわかっていても、なかなか。もともとの名前は15分ルールでした。ナッジを効かせて、僕はそれを「15分 患者さんとの約束」と変えました。

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(竹林)
ルール」だと縛られる感じに受け止められますが、「約束」というと双方向の感じでしますよね。約束というと相手の姿が具体的にイメージできますので、「守るべきもの」という規範が生まれそうですね。

(小石)
実際に患者様の折り返し時間が短くなり、「15分ルール」だった時は平均18分でしたが、「約束」に変えてからは、6分くらい短くなりました

(竹林)
いいですね。例えば健康診断の事後指導を受けない人が多い場合、「決まりなので受けてください」と言っても、相手は「例外が認められてもいいはず」と、受けないことを正当化してしまう場合が多いです。でも、「あなたが受けないと、私が怒られます」と言うと、受診率が上がる事例が確認されています。人は「誰かに迷惑をかける」「約束を守らない」ということは、良心が許さないのでしょうね。

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(小石)
コールセンターの満足度も、患者様との約束に変えてから、5段階評価で0.5から1ポイント上がったんです。
患者様からすると、初めて電話をして、そして「15分以内に折り返します」と言われて、もしも20分、30分と折り返さなかったら、信頼関係なんて作れませんし、ここから来るお医者さん大丈夫か?って不安になると思うんですよね。
そこで10分で連絡が来たら、「ちゃんとしてるな」って安心すると思うんですよね
また、患者様は不安な気持ちで待ってますから、15分ってすごく実は長い時間ですよね。そこ1分でも早く伝えてあげるのは大事です。
今後はシステムの力も取り入れてやっていきたいと思います。

(竹林)
どうしても不安になると、現在バイアスが強くなり、待つのが苦痛になる。今までもベストを尽くしていたでしょうが、結果として15分オーバーになっていた。そこに表現を変えただけで、患者満足度も高めた。究極の低コストでのサービス改善ですね。全員が幸せになります。

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竹林 正樹(たけばやし まさき)
1972年青森県生まれ。青森県立保健大学 客員研究員
株式会社キャンサースキャン 顧問
横浜市行動デザインチーム アドバイザー
若い頃、祖母に通院を説得して拒絶された経験から、「人を自発的に健康行動へと動かす」ことの探求を始め、ナッジ理論(自発的によい行動へと後押しする設計)に出会う。自治体のナッジ戦略助言や、若い実践者の学会発表支援などの人材育成に注力している。
代表作:DVD「実践者のナッジ」(東京法規出版)

変化❸ドライバーも笑顔で夜間勤務をしてくれるようになった

(小石)
ドライバーに対してもナッジを使いました。
医師とドライバーはペアで勤務をし、勤務時間は24時30分までです。時々、患者様が重い症状で「これは残業してでも往診してほしい案件」があるんです。その場合に、医師はOKでも、ドライバーがNGな時もあるんです。患者様に対してそれがすごく申し訳なくて。医師は患者様が困ってると言うと頑張ります。
でもドライバーは患者様と直接触れ合わないこともあってか、どうしても残業代よりも早く帰ることを優先したがるのかもしれません。

ドライバーさんに喜んで残業してもらう方法はないだろうか?

そして思いつきました。ドライバーは医師を家に送った後に荷物を医療機関に返しに来るんです。その返却口にある大きなホワイトボードに、ドライバー向けに「いつも遅くまでありがとうございます。お疲れだと思うので、甘いものを食べてください。」と書いて、飴やコーヒーなどを置いたんです
さらに「いつも残業を受けていただいて、患者様から感謝の気持ちをもらってます」と書き、患者様の声を貼り出しました。それまではドライバーは患者様と会わないこともあり自分たちの仕事の意義がわかりづらかったです。でもそこに「会社が自分たちのことをちゃんと考えてくれてるんだ」「自分が働いたことで、患者様が感謝をしてくれているんだ」「甘いものを食べた」と3つの意味で、柔軟な対応してくれるドライバーが増えたんです

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小石祐司(こいしゆうじ):
「ファストドクター株式会社 創業者・医療法人社団新拓会 理事。近畿大学経済学部卒業後、株式会社オプト、株式会社マクロミルにてマーケティングを学ぶ。2016年2月に菊池医師や名倉医師と出会い、ファストドクターを創業する。新型コロナウイルス対策として、2020年4月に「救急オンライン診療」を立ち上げ、医師と共に24時間体制で業務に励む。
HP: https://fastdoctor.jp/online-consultation/」

(竹林)
ここではたくさんのナッジが使われていますね。ポジティブなメッセージで終えるのは「ピークエンドの法則」、甘いものをもらうと恩を返したくなるのは「返報性」だと考えられます。また、人は仕事に意義を感じないと、給料が高くてもモチベーションが高まらない心理があり、それにも訴求したのでしょうね。

「この問題、ナッジだけならどうやって解決する? 」と問いづつける勇気が組織を柔軟にする

(竹林)
私もいろいろとコンサルティングをさせていただいていますが、ここまでナッジがすぐに現場で浸透し、結果に結びついているケースはレアです。

(小石)
僕自身、課題意識を持っていて、スタッフも講演を聞いて、それぞれが課題意識を全部出したんですよね。そこからナッジという共通言語ができ、「ナッジだけで解決案を出したらどうなるか?」を1つ1つ検証しました
「システムを使ったら」「契約で締めつけたら」など、いろんな方法があると、頭が散らかるんです。「ナッジだけだったらどうできるか?」だとシンプルなんです。

(竹林)
「ナッジだけでの解決」というのは今までにない発想でした。学術的には、「情報提供」「ナッジ」「インセンティブ」「権力」などの介入を組み合わせて相手を動かすことになり、確かに複数組み合わせた方が相乗効果が出やすくなります。
でも、複数の選択肢があると、無意識のうちに今まで慣れ親しんだ選択肢を重視したくなり、ナッジがどうしても後回しになってしまいます。
その意味で、「ナッジだけでの解決」がちょうどよいスタンスなのかもしれませんね。

(小石)
そうして生まれたものは「柔軟さ」でした。
これまでは、大企業の息苦しさは存在してて当然と思っていて、ルールで縛るか、契約で縛るかしか知らなかった。

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(竹林)
規律は必要ですが、息苦しさとはセットにしたくないですよね。「自分で決めること」と幸福度には高い相関関係があることも判明しており、規制だらけだと幸福度も下がる可能性があります

(小石)
ルールや契約は硬直的で、ナッジは柔軟な感じがします
体や血管もそうですが、柔らかくないと長続きしないと思うんです。僕らはナッジの研修を受けて、取り入れることによって、柔軟体操のイメージを持っている。すぐに効果は出なくても、やり続けていくと、だんだん足も広がってくるし姿勢もよくなる。結果として体の血の巡りが良くなって健康になっていくというイメージを持っているんです。しかも柔軟てお金かかんないじゃないですか

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(竹林)
柔軟体操という例え、いいですね。ルールによる縛りも必要かと思いますが、それが行き過ぎると、「決まっているから、とにかく従え」という組織文化が生まれてくる可能性があります。私はファストドクターには、いつまでもベンチャーマインドを胸に、大企業病にかかってほしくないと、心から願います。話がそれましたね(笑)。
最後に小石さんから読者へひと言お願いします。

(小石)
「それはナッジでどう変えられるのか?」と問い続けることが大事です。柔軟体操のように何回も何回も、信じてやり続けることによってしなやかになっていくと実感しています。

(竹林)
ありがとうございました。ノーベル賞理論であるナッジに影響を受け、それを信じ抜き、早速コロナ禍の医療現場という難しい局面でスピーディーに柔軟に実践した小石さん。笑顔で語ってくださった陰には並々ならぬ御苦労があったこととお察しします。この機会に貴重な体験を学べたのは本当に幸運でした。
ファストドクターさんのこれからのご活躍を楽しみにしております。
さらに柔軟さをましたファストドクターさんが、青森に誕生する日が今から待ち遠しいです!

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