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経堂駅の思い出(ほぼひとりごと(2020年6月10日(水)))

(写真は、小田急線経堂駅の入り口です)

#経堂駅 #構内踏切 #バス路線


小学校から高校まで、バスや電車に乗って通いました。最初は、直通のバスでしたが、小田急線で通っている同級生が多かったので、小学校低学年の時から、バスで経堂駅へ出て、小田急線に乗り換えて通うことにしました。


今でも狭い経堂の通り、確か途中で一方通行が逆になったように記憶していますが、経堂商店街の中や、宮の坂に抜ける狭い道を東京駅丸の内南口との間を行き来する大型バスがそろりそろりと走りました。


60年前の経堂駅は、改札口とホームの間に踏切がありました。小学校のころ、下がってきた遮断機をくぐろうとして、駅員さんに怒られたことがあったという記憶があります。こんなことをしてはダメですね。


その後、地下道が出来て、改札口も地下になり、線路の向こう側にも出口が出来たので、急いでいる時間に、踏切が開くのを待つということはなくなりました。当時も、朝は開かずの踏切だったと思います。


高校生のころ、いつも乗っていた準急が、ダイヤ改正で、突然通過することになりました。当時の経堂駅はホームが短く、8両の準急は通過することになったのが理由でした。ほとんどの急行が停まっている今は大出世です。


経堂駅についたバスは踏切を渡り、向こう側にあった折り返し所で方向転換して、東京駅丸の内南口に向け、出発しました。当時は、都営バスと東急バスの共同で運行している路線でした。


朝の下り準急が停まらなくなったあと、玉電(今の東急世田谷線)山下駅・豪徳寺駅乗り換えをすることにしました。そのあと、バスは、渋谷駅止まり東急バス単独運行になり、いつの間にか廃止されました。


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