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神田川大曲の思い出(ほぼひとりごと(11月22日(金))

(写真は、神田錦町付近の神田川です。この先、日本橋から隅田川に流れます。大曲はもっと上流、文京区水道です)

#神田川のバイパス #都市の水害 #スーパー台風  


台風の被害が続いた、9月、10月が過ぎ、11月になったら、寒くなるとともに、天気が良くなりました。被災されたみなさん、被災された地域の復興はまだまだのようです。一日も早く進むことを祈っています。


というところで、自分が体験した都市水害の話です。今から40年近く前の大雨の夜、江戸川橋から飯田橋の間の神田川で水位が上昇し、大曲と言われるあたりが水浸しになりました。


そのころは、警備も緩かったのか、まだ、道路が完全に水没する前だったので、気をつけて歩いてくださいの言葉で、道路の高い部分を歩き、大曲手前の白鳥橋までたどり着きました。低いところは水浸しでした。


白鳥橋から見た大曲のアパートはモンサンミッシェルのようでした。腰まで水に浸かって、アパートまで歩き、スーツのズボンと靴をダメにしました。停電していたので、自室のある7階まで歩きました。


このあたりは、神田川氾濫被害が頻繁にあったところらしく、アパートには非常用の小さな舟がありました。実際、近所のタバコ屋の前を通る舟の映像がテレビのニュースで放送されました。


その後、アパートは取り壊され、マンションになっています。神田川も、飯田橋から先でバイパスが出来て、水を流せるような工事をしたということで、神田川氾濫というニュースを聞くこともありません。


今回の台風で、バイパスや地下の遊水池、都市型の下水逆流も話題になりました。40年ほど前の都市災害は、今、思えば、長閑な感じさえしたようにも思えます。スーパー台風ではそうはいきません。

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