見出し画像

世界が私の膝を折りそのくせ歩けと綱をひくけれどいつか必ずお前の膝をつかせてやると思いながら店番をする女の話

新型コロナとかいう迷惑千万でマジで誰にも一切存在を望まれていないのに我が物顔でこの世にのさばっている厚かましいウイルスが現れて早くも一年が過ぎようとしている。
こいつは現れるなり多くの人の命を奪い、
多くの人に被害を与え、
小売店や飲食店を始めさまざまな業種の人たちの膝を折り、そして多くの医療従事者の心を折ってきた。
私も心折れた医療従事者のひとりであり、
すでにその職からは遠ざかっている。
そしてその私が夫と開いたカフェもまた、
幾度となく折られそうになった。

夫と共にカフェを開こうと決めたのは、
まだコロナの影など見当たらない頃のこと
あれやこれやと相談し、協議し、
ささやかな夢に希望を持って準備をし、
そこそこの困難も乗り越えて
去年の2月1日にオープンした。


その本当にすぐあと、コロナがこの世に現れた。

増え始めていたお客さんは波がひくようにいなくなり
春先に予定していたイベントはすべて水泡に帰すことになり
内装もメニューも営業時間もほぼ1からやり直しになり
大通りに面した立地にも関わらず人も車も格段に減って
開店直後で前年度の記録がないから
公的補助は申請できないものばかりで
完膚なきまでに打ちのめされた。


私たちの店は、
チェーン店のようなバックボーンは存在しないし
コロナ禍前から経営していた店のような「長年の常連さん」も「信頼関係の築けている仕入先」もほぼない
先代から引き継いだものなんてのも存在しない
ましてや情勢が情勢なのでおおっぴらに宣伝もできない
同じ町内の他の店には早速自粛警察が貼り紙をしていて
世の中すべてが大変なときにオープンしたてのなんの実績もまだ積み上げられていない店のために
クラウドファンディングなんかも憚られる

四面楚歌もここまで来るか、と思った

もちろん他のオープンしたての個人店も
私たちと同じ目に遭っているだろうし
長年の老舗と呼ばれる店や、チェーン店やコロナ禍前には繁盛していた店すらもどんどん潰れたり撤退したりしている
自分たちだけがしんどいわけじゃない、
踏ん張れるだけ踏ん張ろう、と思うしかなかった

それでもやっぱり、しんどかった

理不尽だと思った

なんなら先述のように、バックボーンがある店や
長年の常連さんがいる店ですらどんどん潰れていくなかで
開いたばかりの小さな個人店が
何をどこまでやれるってんだろう
コロナ禍が無くても個人店の大半は
開店して一年以内に潰れると
散々いろんな媒体で言われているのに
コロナ禍のなかでどうしろって言うんだろう

この店を持つために夫と私が貯めてきたお金や
費やしてきた情熱は
自分たちの力不足だけが理由なら諦めもつくけれど
こんな形で無駄にされなくてはならないのだろうか
店というものは閉めるのにだって大金がかかるし
協力してくれた人や業者さんにも申し訳ないし
何よりも
今まで夫がバリスタとして積み上げてきた
信用やキャリアに傷が付く
それは私にとってどんなことより許せないことだった

私が医療従事者として長年積み上げてきたキャリアも
プライドも全部折れてしまったときと同じ気持ちを
夫に味遭わせるわけにはいかない
世界中から自己中だと批判されようとも
夫の夢と努力だけは誰にも折らせない

そしてこの店に足を運んでくれたお客様を
絶対にこの店のせいでコロナにかからせたくない
来て良かった、と思って帰路についてもらいたい
ずっと安全で快適でなんの心配もなく過ごしてほしい

弱音を吐いている場合ではない
仮にも元医療従事者を長年やってきた私が
今なお現場ではかつての同胞たちが
数えきれない人の命を守ろうと戦っているのに
この店に来てくれるお客様くらい
この店の中だけでも守れなくてどうする

そして夫の妻に籍を置く私が、
夫ひとりの夢くらい守れなくてどうする

そう肚を決めて、やるしかなかった

それから今日に至るまでの日々は
楽しさや嬉しさよりも悔しさとしんどさのほうが
ずっとずっと多かった
本来やりたかったことは何にもやれなくて、
本来想定していなかった仕事ばかりが増えて
弱音もなるべく飲み込んで、
もうやめたいと思ったことも一度や二度じゃなかった
こういうことを言えば「客商売なんてそんなもの」とか
「好きで選んだことだろう」とバカの一つ覚えみたいな野次がどこからか聞こえてくるのもわかってるから
ただひたすら掃除して換気して消毒して、
料理を作り細々とSNSで宣伝をして、
私と同じく心折れてしまったかつての同僚からの
絶望的なSOSを聞いて、
増えてゆく感染者と死亡者のニュース
潰れてゆく店の悲鳴を聞いて、
苦しむ人々を助ける気があると思えない
この国のやり方に血管が切れそうになり
それでも元の仕事に戻ろうと思えない自分が
冷酷な人間だと思い知ったりして
歯を食いしばりながら珈琲を淹れる毎日だった


けれどそれから少しずつ
個人の仕事やお店のお客様が増えて
今に至るまでなんとか踏ん張れている

こんな情勢になってからも
現場で奮闘してくれる医療従事者や
小売店や飲食店の人々
資材を卸してくれる仕入先の方々や
感染対策をしながら来店してくれるお客様
ネット販売で購入してくださるお客様
SNSで励ましてくれるフォロワーさんや
同業者の方々には
本当に感謝しか無い

あとどれだけこの情勢が続くのか
もっと悪化するのか、改善していくのか
私がどこまで踏ん張れるか
まだわからないけれど

来月、うちの店は一周年を迎えることができます
早々に畳んでもおかしくなかった世の中で
私の意地と夫の努力を続けさせてくれて
本当にありがとうございます

世界が私の膝を折り、そのくせ歩けと綱をひくけれど

世界が私たちの前に膝をつく日が必ず来ると信じて
折れることなく生きてゆこうと思います

来月の一周年を無事に迎えるために
うちの店を愛してくださる方々に応えられるように
今日から少しだけ休息期間をいただきますが
またすぐに美味しいごはんとおやつと珈琲を携えて
店番しておりますので
いつか遊びに来てください。
もちろん世界が大人しくなってからでも構いません。

感染症に「絶対安心」は無いから
決して無理はしないで
自分の身を何より大事にしてください
自分の身を守ることが
感染症を減らす最大の努力です

でも、もし近くに用事があったついでや
心が折れそうになったときは

どうぞお気軽にお立ち寄りください。
ご来店お待ちしております。

hato




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?