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記憶に残る、わたしが泣いたこと

こんにちは(^ー^)🌟。
おこしくださりありがとうございます(^ー^)♥️。
今朝も冷たすぎて、指先が痛かったです(^ー^)🎶。
寒さが増すと、
その分、
澄んだ空間が磨かれる感じがして、
呼吸をするのが氣持ちよし、です(^ー^)♥️。

今日は、
わたしの過去数年で、わたしが泣いちゃった事を記したいと想います。
今、振り返ってみると、
わたしが泣くときは、
大概、母の前で泣いていました。

わたしの母は、
わたしが今、
遠隔でエネルギーを流す仕事を始めた最初の時から、ずっと練習に付き合ってくれていました。

わたしがエネルギーの仕事をする時も、母は、わたしが母の娘だから、無条件でわたしのすることを受け入れ、練習に付き合ってくれました。

母は、
わたしが母の娘でなければ、
練習に付き合わなかったし、
ヒーリングも体験しようと思わなかったと話してくれました。

わたしの母は、
わたしがすることに対して、
禁止したことはなく、
短大で染色を専攻して卒業し、
数年で会社を退職して、
数ヶ月スイスに行っても、
帰国して、バイトをしながら和裁の高等職業訓練校に行っても、
卒業して正社員に戻らなくても、
ラッピングコーディネーターの資格を取っても、その職業につかなくても、
等々、
今まで、わたしを否定しないでいてくれました。

その母に対し、
コロナで世の中がざわつき始めた頃くらいに、
わたしは電話で伝えた事があります。

『絶対に伝えなくちゃ!』
とかの想いはなくて、
何となく、母に伝えたかった想いが溢れてきたからなのです。

母に伝えた内容は、

わたしが中学に入学してから、
母はわたしのこと思って塾に行かせてくれたけど、
『わたしは本当は行きたくなかったこと』
です。

母がわたしに行かせてくれた塾は、
同じ中学の友だちが通う塾じゃなくて、
知り合いの方がなさっていた校区外の塾だって、自分の友だちもいなくて、
テスト前は、わたしだけ、塾の先生と一対一でテスト前勉強したこととか、
何となくの孤独感をおぼえていました。
塾の先生や塾に通ってはる人達から嫌なことをされたとかではありません。

それから、
高校受験の時。
京都市内に、銅駝美術高校という美術の高校があるのですが、
美術が好きだったわたしは、その高校に行きたかったのです。
母は、
わたしが作ることとかが好きなのを理解してくれていたので、
否定はしなかったのですが、
高校は、『普通科』でて、それから、『美術科』に進んでもいいのでは?と、やんわりとわたしに伝えてくれました。

わたしは、
塾が嫌だったり、
高校も美術科に行きたければ、
いくら母が言うてくれたりとかしても、
わたしは、塾に行かない選択や、
美術科を受験する選択もできました。

母のせいで、
当時のわたしが自分の本当に望むものを選択できなかったわけではありません。
最終、全て自分で選択してきたので、全責任は自分にあります。
わたしはそれも母に伝えました。

ただ、
『当時のわたしはこう想っていた』と、
母に伝えたかっただけです。

それを伝えたら、
めったに人前で泣かない母が少し泣きながら、
わたしにごめんと謝ってきてくれました。

母の生きてきた時代、
学歴がないと社会に出た時の不利もあることを母なりに認識していたので、
わたしのためを想ってくれていたのも、
わたしは理解しています。

ただ、
当時のわたしが感じていたことを、
当時のわたしが母に伝えたかった事を、
今の母に伝えただけでしたが、
何故だか涙が出てきて、
スッキリしたのでして(^ー^)🌟。


この前も、
わたしは泣きながら、
どうしたらよいのか、
どうしようもない自分の不安な胸のうちを、
母に打ち明けた時もありました。

その時は、
わたしはとてもつらかった時期でした。
自分の子ども達が、集団の中でイレギュラーで、特に長男との親子で辛かった時で、
わたしは泣きながら、電話で何度かわたしの胸のうちを母に打ち明けました。

その時々、
母も辛かっただろうに、
母は、
わたしを拒否せず、
否定もせず、
受容し続けてくれました。

そして、最近、わたしは、また泣くことがありました。

それは、
今までの寂しさや辛さからくる涙ではなく、
嬉しさからくる、嬉し泣きの涙でした。

どうして、嬉しくて泣いたかと言うと!

ここで、やっと本題に入れます(笑)。

わたしがヒーリングに出逢って、
エネルギーの学びを始め、
今、
わたしの仕事にするまで、
母にも練習に付き合ってもらっていたのですが、
母が何十年と、長年付き合い続けている身体の痛みが、わたしが遠隔でヒーリングをすることで、ヒーリング後に100あった痛みが60小さくなったと母から感想を頂けたりしたことです。

母から電話でその事を聞いて、
わたしはとても嬉しくなりました。

身体の痛みとともに生活し続けていた母は、
数年前に、その痛みで暫く動けなくなったこととかもありました。

いつも身体の痛みと共にいる母が、
少しでも、その痛みから解放された事に、
ただ嬉しくて、嬉し涙がでました。

嬉しくて泣くわたしにつられて、
電話のむこうで、
母も笑いながら、
わたしにつられてちょっと泣いたはるようでした(^ー^)。

色々泣くわたしですが、最近、わたしは嬉しくて泣きました(^ー^)♥️。
こうして、わたしが想うことを記していくと、いつも、わたしの中に溢れてくる想いがあります。
それは、
まわりへの感謝です。
わたしが嬉しかったり、幸せを感じられる時は、決まって、まわりが嬉しかったり、楽しかったりとかする時です。
本当に、ありがとうと、こころから想えます。
そう、こうして、いらしてくださるみなさまにも感謝です(^ー^)♥️。
今回もお付き合い下さり、誠にありがとうございます(^ー^)🌟!
愛と感謝をこめて(^ー^)♥️、
みなさまが、お健やかで、
豊かで、お幸せでありますように(^ー^)🍀。





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