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70歳まで働けますか?

【ワークスペース】
2021年12月21日、新しく建て替えられたJR横浜タワーにできた会員制ワークスペースを契約した。なんとこの行動が、仕事を辞めてこころが不安定になっていたわたしを、見事に救ってくれた。
電話をかけてきたデザイナーの友人に「いま、ワークスペースにいる」と言ったら、「仕事を辞めたのに、ワークスペースでなにをするの?」と聞かれ、「職探し」と答えたら笑われたけど、そんなことはまったく気にならない。
だって、ワークスペースにいると気分が高揚するから。まだまだ働けている、ワーばば(ワーキングおばあさんの略)になれるから。

じつは、2021年10月に依頼されてワークスペースの体験記事を書いたときに、初めてワークスペースという場所に足を運び、とてもよい印象がわたしの中に残っていた。
取材したワークスペースは、大きなオフィスビルの中層階にあり、ガラス窓から見える日比谷公園の緑と立ち並ぶビルが、ここがビジネスのフロントラインだと確信させてくれる。デスク一つ一つに完備された電源、使い放題のWi-Fi、フロアにほんのりと漂うアロマ。「こんな場所で仕事ができたらかっこいいなぁ」と、めずらしく素直にうらやましいと思ったのだ。

そのわずか2か月後、かっこいいワーばばになる環境をわたしは手に入れた。週に2~3回のわりで、JR横浜タワーの13階にわたしは通う。ベイブリッジと海が見える気に入ったデスクに座り、液晶画面に向かうのだ。
職探しもしているが、こうして文字もつづっている。自分の原稿を書くことは働くこと。こう思えるようになるまでの約2か月を、みんなに聞いてもらいたい。

【仕事】
朝起きて通う場所がなくなった。拘束される時間がなくなった。課せられる業務がなくなった。自分だけの時間と空間で日々を暮らすことは、自由でありどこまでも気楽だ。

だけどしばらくたって、属していないと要請されるものがなにもないことに気づいた。つまり、それって必要とされていないっていうこと? そう思うと、もやっとしたものがこころに生まれ、どことなく不安定になった。
働き方を模索中なのだから、いまは仕事をしなくてもいいと腹をくくったにもかかわらず、霧が晴れないというかすっきりとしないというか、不安とも焦りともいえないなにかが、いつもこころに居座っている。

仕事=つかえることと読み解くと、仕えるためにはどこかに属すことが前提となる。属することはいやだなと思ってきたけれど、仕事を辞めてわかったのは、学校に通うことから始まって、会社に入って働くことまで、属することがこころに安定をもたらしていたということ。窮屈に感じてきたけれど、こころの安定にとって大事なことだったのだ。

【派遣社員】
辞めた仕事は、大手有名出版社での週刊誌の校正業務だ。派遣社員として無期雇用契約もすませて4年近く続けていたけれど、職場は最悪だった。
何が最悪って、同僚が最悪だった。同じ派遣会社の社員だったけれど、1人はベテラン風ふかせてとにかく仕事をすべて抱え込む仕切りたがり屋で、もう1人は校正が苦手なわたしから見ても落ちが多く、校正レベルの低い人だった。
極めつきは、増員で送り込まれてきた新人だ。新人が入ってから半年くらいたったある日、わたしが出社したらすでに新人のカバンは作業机にあったが、新人はいない。校正紙の準備もされていない。どこかからもどってきた新人に、出社したらまず校正紙の準備をしてくれと注意したら、前に教えたことがあるのに「言ってくれればやる」とか、「トイレくらいは行ってもいいよね」とか、最下位のペーペーのくせにえらそうに口答えをしてきて、わたしはもうれつに腹が立った。
ものすごい言い争いをしたこの数日後、わたしは生まれて初めてめまいを起こした。復帰に1週間もかかったし、1か月後にめまいが運よく再発したので、すぐに退職することにした。職場に迷惑をかけるからと、派遣元と派遣先には言ったけれど、コンクリートの厚い壁に囲まれた窓ひとつない狭い校正室で、あの新人と一緒の空気を吸うのすら耐えられなくなっていたのが正直なところ。
56歳の誕生日の直前で、定年の60歳まで、あと4年続ければ厚生年金を払い終えられたと思うと、じつのところちょっともったいない気もした。
だけど、60歳以降はどうする? いまは努力義務だけれど、70歳定年があたりまえになるとしたら……。そう思ったら、ため息が出た。

70歳まであと14年もあるし、やっぱり仕事は探さなきゃなぁと、派遣会社の求人情報を眺めたら、この4年のあいだに派遣の仕事もすっかり変わっていた。新型コロナウイルス感染症の影響だが、「在宅」というカテゴリーがトップ画面に打ち出されているではないか。在宅での仕事が見つかれば、フリーランスライターとのダブルワークで楽勝だ。
幸いにも、これ!という求人を見つけ、さっそく応募したが、即日のうちに派遣会社の担当がメールで、「今回は先の応募者を優先する」と伝えてきた。
だけどそれからふた月以上、わたしは新たな応募をする気にはなれないでいる。なぜなら、くだんの求人案内がいまだに掲載されていて、目にするたびに、いや~な気分になるからだ。採用者が決まらなかったのなら、応募したわたしに一度は連絡をしてくるべきでしょ? わたしが不採用なら、先着ありではなく何が基準に満たないのか明確にして、きっぱりと断ってくれないと、もやもやがこちらにはいつまでも残る。
ただ、その理由が年齢だと言われたら、チッと思って、その企業をけなしているにちがいないけれど。

そんなわけで派遣社員にもどってはいない。
でも、派遣社員は福利厚生面からみて待遇はよいと思う。雇用保険のほか、契約労働時間が20時間以上であれば厚生年金にも健康保険にも加入できる。
最大のメリットとして挙げたいのは、この先に正社員として採用される可能性のない大企業での就業ができる点。これは、大学生時代の就職活動を甘く見たわたしのようなキャリアなしのフリーランスにとっては、本当に得難いチャンスといっていい。わたしが働いていた最大手の有名出版社には、派遣という働き方でなければ、片足すら踏み入れることができなかっただろう。

【クラウドワーカー】
クラウドワーカーとは、「クラウドソーシング(crowdsourcing)を通じて業務を受注し勤務する労働者を指す言い方である」と、Weblio辞書にはある。英語としてはあまり一般的な表現とはいえないらしいけれど、使われない表現というわけでもないそう。
クラウドソーシングとは、「クラウド(crowd/大衆)とアウトソーシングからの造語で、インターネット上で不特定多数の人材に対して業務内容と報酬を提示し、仕事を発注する手法」とのこと。「通常、発注者と受注者はネット上の専用サービスによって仲介される」とある。
今後、フリーランスライターを続けていくとしたら、クラウドソーシングを知らないと遅れている気がして、検索して画面の一番上に出てきた「クラウドワークス」に登録をしてみた。

仕事内容の項目には、ステップメール、メルマガ、LPなどという、正直に言って親しみのない言葉ばかりが並んでいる。メルマガはかろうじてわかるけれど、「LP」はさっぱりだ。レコード のLP(Long Play)でないことは確かだけど、インターネットで検索すると「ランディングページ」と出てきた。商品やサービスに特化したウェブページとのことで、紙媒体では「小見出し+本文」にあたるのかもしれない。

SEOも初めて目にした用語で、Search Engine Optimizationの頭文字であり、日本語では「検索エンジン最適化」とあった。つまり、インターネット検索でそのサイトを多く露出させるために行う対策で、具体的な方法を解説しているサイトものぞいてみたが、クローラー、インデックス、SSL化、ペルソナ設定などなど、どれもこれもはるか遠い国の言葉に聞こえる。
悔しまぎれに、ここでも紙媒体に落とし込んで理解してみると、紙面でキーワードをどう扱うかといったことのようで、見出しで大きく扱ったり、本文中で語句説明をしたりすることと同じに思える。
とあるサイトによれば、「検索エンジンのアルゴリズムは非公開であり、SEOの専門業者でも正確に把握はできない。継続的に取り組んでも、成果が出るとは限らない」とのこと。わたしのようなドがいくつもつく素人には、理解できるわけがないし成果があげられるわけがないとあきらめてしまった。

「クラウドワークス」でやらせてもらっているのは、医院の紹介文を作成する業務。ホームページを参照して特徴や診療内容をまとめるのだけれど、作業時間が自分の予測より多くかかってしまう。時給換算したら、なんと500円?! 40年前のパン屋のバイト代に満たないなんて、はっきり言って、やってられない。
それに、パソコン画面上で長時間作業するのは、老眼にはきつい。視力がはげしく落ち、目がとにかく疲れる。肩も腕もがちがちになる。
クラウドソーシングでの業務委託は、できれば続けていきたい一つの働き方だけれど、上手な付き合い方が見つかるのかどうか……。クエスチョンマークがつきまくっている。

【業務委託】
いま、業務委託でいちばん嫌いなのがZoomでのミーティングだ。必要不可欠なのはわかるし、出かけなくていいから手軽なのもわかるけど、アプリの扱いに慣れていないワーばばにはここが最大の難問で、原稿を書き始めるまえにこころが折れる。
先日のミーティングでは、わたしが画面共有をやらざるを得なくて、デザイナーの友人に頼んで事前練習までしたのに、わたしのメールが丸見えだったとミーティング後に怒られてしまった。実際に会ってのミーティングなら、画面共有なんていうワザはいらない。はっきり言って、画面共有なんてやってられない。
あと、ミーティングをmtgとメールで書くのもやめてほしい。ちゃんと日本語を書いてくれ。理由はない。いやなものは、いや! 

とはいっても、業務委託は派遣社員の仕事を辞めたいまのわたしの、お金を稼ぐただ一つの手段だから、依頼がきたら引き受けるようにしてはいる。委託先を増やすために、クラウドソーシングにも手を伸ばしてみたわけで……。
業務委託は下請け業だから、報酬を払ってくれる相手がいる。仕事はかならず相手からの依頼で始まり、わたしにとっては受動の一方通行で、自分の発想から始めたことはいままで一度もない。
つまり、お金は受動と相性がいい。そこが問題のように思えてきた。

【ハローワーク】
忘れたころに届くとは聞いていたが、本当に忘れかけていたときに、派遣会社から雇用保険関係の書類が書留で送られてきた。仕事がまったくなかった1か月間は、一日も早く失業手当の申請をしたくて毎日ポストをのぞいていたけれど、正月明けに業務委託先から依頼が入ってからはそちらに気が向き、気にかからなくなっていたのだ。

というわけで、いまは失業手当の申請ができない状態にある。ただ、求職中ではあるので、求職者マイページを開設した。ハローワークの求人情報は、求職者マイページを開設しなくてもインターネットで検索できるけれど、自分に合う仕事とめぐり合えることを願い、今回初めて開設してみた。

求人検索項目に、業務委託はない。ハローワークでの求人応募は、所属先を決めるのだから当然のこと。そこには、報酬もあたりまえについてくる。
所属先がほしいのか、所属して働きたいのかとあらためて自分を問い詰めてみると、所属したくないと答える自分がいる。ただ、所属していない状態が生み出す不安定さで、自分がつらくなるのもわかってきている。
所属したほうが安定するし、報酬も得られる。でも、所属するのはいやだ。だけど、所属しないと報酬を得られない。そのやり取りが、こころのなかで繰り返される。どろ沼にはまって、もがいているみたいだ。
 
【70歳まで働く~まとめ】
書くことを仕事にし始めた15年以上前、DTP(Desk top publishing)があたりまえになっていて、電算写植で出版業務を覚えたわたしは、パソコン作業を覚えるのにとても苦労をした。この15年でかなり慣れてきたつもりだけれど、70歳まで働くことを考えると、日増しに衰える対応力を目の当たりにするたびに傷つき、自己肯定感は下がっていく一方に決まっている。仕事量だって目に見えて減るだろうし、当然ながら報酬だって少ないはずだ。
そうなったとき、お金を稼ぐ以外にも、働くことの意義を持っていられたらと思う。

働く=ひとがうごくと読み解くと、すべての行動を働くととらえてかまわないとわたしは思う。その意味で、わたしは毎日働いている。買い物に行く、料理をする、掃除機をかける、衣類を洗濯機で洗って干す、お風呂を掃除して湯をわかす。月に2回は隣県に借りている菜園まで出かけ、土を耕し野菜をつくっている……と、挙げたらきりがない。

働く=お金を稼ぐと定義づけた場合、いまのわたしは働いていない。家庭菜園で育てた野菜をお金に換えたことは一度もないし、この原稿に対して誰も報酬を払ってはくれない。

派遣社員を辞めてお金を稼がなくなったとたん、存在意義を感じられなくなってしまった自分がいて、こころの不安定を抱えていた。この2か月で、わたしはワークスペースに通うようになり、クラウドソーシングに登録し、派遣会社やハローワークで職探しをしつつ、業務委託の仕事をこなしながらも、よろよろとたどり着いたのが自分の原稿を書くことだ。いうなれば、著述業者。売れていなくて無名……。でも、ここにたどり着けた。正解とは言えないかもしれないが、ひとまず、よかったと思う。

ただ、誰かから必要とされたわけではない原稿を書くだけの、売れない無名の著述業者では、こころがとても不安定になる。だから、業務委託のフリーランスライターをしているわたしも必要であり、不安定感と闘いながらバランスをとっている。
お金を稼がない行為も働くことだと確信がもてたとき、こころの不安定感をすっかりぬぐえるのかもしれない。

#創作大賞2022

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