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波立つ山野 青々と

波立つ山野 青々と(2022.06)

江戸時代、人々の足元にあったかもしれないもう一つのちいさな日常と、神秘が交わる一瞬を描いた作品。

もしかすると「おや」と感じてくださった方もおられるかも知れません。
実はこの作品、江戸時代に活躍した絵師、葛飾北斎さんの《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》をオマージュさせていただいています。

この記事では、作品ができるまでの経緯をお話しさせていただいています。すこしでもお楽しみいただけたら幸いです。


作品ができるまで

名画のオマージュ

きっかけは、つくしチームさま主催の企画展『リメイガエキシビション』にお誘いいただいたことでした。
名画を自分の中に落とし込んでリメイクする、というコンセプトを伺った時はもうワクワクでいっぱいで、「観ているだけでもたくさんのことを教えてくれる名画を、自分で消化してリメイクするなんてすごくすごくたくさんのことを得られるかも!」と思い参加を決意しました。

数ある名画の中から《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》を選んだ理由はなんといっても世界的に「和」を象徴する作品だから。
子供の頃から日本を代表する作品として何度も観てきた《神奈川沖浪裏》は、和の世界観をベースに作品制作をしている自分のなかに確実に組み込まれています。せっかくいただいた機会、その偉大な作品の胸をお借りし学び、これからの自分に活かしたいと思ったのです。

調査開始!

今まで様々な形で作品を拝見していたのに、北斎さんの人生、作品が生まれたきっかけや想い……、考えてみたら知らないことばかり。「ちゃんと知りたい!」と思っていたら、ちょうどサントリー美術館さんで“大英博物館 北斎”が開催されていることを知り、早速伺うことにしました。

サントリー美術館さんの入り口にあった大迫力の看板。

ものすごくたくさんの作品が展示されていて、そのどれもが、力一杯に動いて自由で伸びやかな景色とエネルギーいっぱいの生き物たちの奥に、前へ前へ筆を動かす北斎さんの姿が見える気がしました。

神奈川沖浪裏は撮影OKでした。わ〜い!

その後も北斎さんに今より半歩でも近づけたら……の思いで、北斎さんに関する記述がありそうな本を片っぱしから引っ張り出してきたり、webサイトで調べたりしながら、特に気になったポイント5つを自分なりにまとめてみました。
(参考にさせていただいた書籍は記事最下部に記載させていただいております。)

気になる《神奈川沖浪裏》の向こう側

①北斎さんの目
《神奈川沖浪裏》を見たときいつも心の中にどしんとくるのが大きくうねる波の迫力。遠くの富士山の対比がかっこよくて好きだったので、そこを作品制作の軸にしよう!と思い、まずは構図について調べました。

北斎漫画などを見ると、《神奈川沖浪裏》をはじめ北斎さんの作品にはたびたび「三ツワリの法」という画面を三分割する構図法が使用されていたようです。北斎さんがどんな目で世界を見ていたのか、すごく気になります。

さらに現代では《神奈川沖浪裏》の構図の魅力を解明しようと、いろんな方々が構図について分析なさっていて、調べてみるとその複雑さに目がぐるぐる……。むずかしいけど本当に勉強になります〜!

②ベロ藍と江戸の人たち
《神奈川沖浪裏》といえば波の青色も印象的です。
展示を見に行って初めて知ったのですが、《冨嶽三十六景》シリーズ、最初の方はベロ藍のみの真っ青な絵だったんです!

ベロ藍とはベルリンからきた藍色、「ベルリン藍」の愛称です。今では「プルシャンブルー」の名前の方が馴染みがあるかもしれませんね!

それまで日本で使われていた青の露草や本藍では出せなかった色が、ベロ藍には表現できました。そのおかげで、空や水など青の表現に一層深みが増したそうです。

《冨嶽三十六景》も元はベロ藍をふんだんに使った藍摺絵のシリーズとしてはじまりました。なのでシリーズ初期の作品は藍ベース全面藍色!他の作品もよくみると輪郭線に藍が使われていたりします。

③江戸の暮らし
波を見ていると、たくさんの人を乗せた船が波に揉まれています。
なんでこんな高波の日に……?と思ったのですが、そこには大きな自然の中にも力強く生きる江戸の人たちの暮らしが描かれていたんですね。
そういうの大好き。

今に伝わる作品を見ていると、ふと当時の空気のおすそわけをいただいている気持ちになったりします。 浮世絵はテーマも幅広いので、いろんな空気を味わえてたのしいです。

④富士山
神奈川沖浪裏で、小さいのに存在感のある富士山もとっても気になります。
なぜ富士山を?
そこから、当時の人々が富士山にかけた思いがわかりました。

《冨嶽三十六景》は富士山のある風景をテーマに描かれたシリーズ作品です。当時、富士山への信仰(富士講)が庶民の間で盛んでだったことが背景にあったのだとか。

長生きしてもっと絵の道を極めたいと願っていた北斎さんも、富士山から力を分けてもらおうと富士山デザインの印章を使ったり、富士山がテーマの作品を繰り返し描いたりしたそうです。

富士山は当時の人々の心の中に大きくどっしり聳える存在だったんですね。
現代を生きる私も、不意に富士山を見つけた時とってもうれしい気持ちになります。

⑤水
神奈川沖浪裏だけでなく、北斎さんの作品には海や川などたくさんの水が登場します。その表現もさまざま。
北斎さんは水の流れの向こうに何をみていたのでしょうか……。

そして《神奈川沖浪裏》のメインである水!
北斎さんの作品には水(川や滝など)を描いた作品が多く、まるで水の似顔絵を描いているかのように、特徴を捉えたデフォルメが多種多様な形でなされています。

絵への姿勢も生き方も、知れば知るほどパワフルな北斎さん! 老子さんが「上善如水」と言ったように、もしかしたら北斎さんも水の中に生き様を見ていたのかなあ……と思ったりしました。

こうした《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》のステキだなと思った部分と、自分の中にある世界を混ぜた時に「”江戸の足元にあった日常と、神秘が交わる一瞬”を描いた浮世絵」というイメージが生まれました。

制作の様子

完成を迎えて

額装した状態

本当にたくさんのことを学ばせていただきながら、作品を完成させることができました。
偉大な作品をもとにした上で自分らしさを表現するためには自分らしさが何かを知らないといけなくて、今回そこに一番苦労しました。
自分を見つめ直す中で海を野に置き換えようと思ったのは、北斎さんにとっての水のように、自分は草花が、これからもずっと描き続けるテーマになるだろうと思ったからです。
いつか私も、草木や大地や水の、生きてきた時間まで描けるようになりたいです。


参考文献

大英博物館 北斎 図録
北斎の肉筆 HOKUSAI's Brush/青幻舎
北斎のデザイン 冨嶽三十六景から北斎漫画までデザイン視点で読み解く北斎の至宝/翔泳社
北斎漫画/パイインターナショナル
葛飾北斎を知る・体験する入門書『HOKUSAI NOTE』/SDP
日本美術史 JAPANESE ART HISTORY/美術出版社
日本美術の歴史/東京大学出版会

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