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おもいでばなし

10年ほど前。
その頃、私はとある仕事のプロジェクトで全国各地を転々と出張していた。
そこで出会ったH氏から聞いたお話。

「僕ね、少し歳の離れた弟がいたんですよ。」

いた、と過去形になっているということは、もう亡くなられてるのかな、と思った。

「弟は、3歳の時に事故で亡くなったんですけど、とても聡明でね。」

「はあ、そうだったんですか。3歳で…」
どう返したら良いかわからなかった。
言葉をうまく繋げなかったところ、H氏は続けた。

「なんていうのかな、幼いのに何か達観したようなところがありまして。」

その弟さんは、2歳頃から急に喋り出し、全くわがままも言わず、母親や兄であるH氏の事を気遣うような、幼児とは思えない言動をしていたという。

道端で重い荷物を運ぶ老婆を見たら駆け寄って手伝おうとし、自分と同じ歳くらいの子どもが泣いていれば声をかけなぐさめる。

「本当に人間が完成したような子どもでした。」

ところが、3歳になってすぐの暑い日、大型トラックに轢かれてしまい、弟さんはこの世を去ってしまった。

「それはとても残念でしたね…成長されていたら、どんな将来が待っていたのでしょうね。」

H氏は少し考えたあと、こう紡いだ。

「…いや、それはどうなんでしょうね。僕は、弟は3年間という短い間で、人間としての一生分を生きたとしか思えないんですよね。多分、何がどうなっても彼は3年しか生きなかったんじゃないかな。」




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