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晦渋の教科書

―――6月のはじめ、避難生活になるちょっと前のお話。

購買で『初版の教科書』というものを買ってみた。
どうやらこれを読むと魔術が使えるようになるらしい。

初めてマギアビーストの討伐に参加して、自分には戦うための魔法がないと  気づいた。
まぁ、そもそも戦うことが好きではないので無くてもいい気はするが、在って困るものでもないだろう。

そう思い教科書をひらいてみる。が、書いてあることが難しすぎて全く頭に入ってこない。
パラパラと読み進めてみるが最初から最後まで全く理解できない。

「んー?......なるほどわからない」

そういえば教科書をもらったときにミッションももらってたなぁと確認してみる。

ーーーーーーー

【魔術ミッション】
・クラス魔法を4種類使おう

ーーーーーーー

「なるほどぉ、クラス魔法を全部使わないと理解らないようになってるのねぇ」

クラス魔法。ブルークラスのわたしは【歩行魔法】【疎水魔法】【水泡魔法】を使える。
水泡魔法と疎水魔法は使ったことがあるからあと2つ。

......ん?
あと2つ?

わたしが知ってるクラス魔法はあと歩行魔法だけ。全部で3つしかない。
わたしの知らないクラス魔法がまだ存在する?

「授業ではそんなこと教えてもらったことはないけどなぁ」

誰か知ってる子はいないだろうか。
魔法に詳しそうな子。ふむ......

ふと思い浮かぶのは、わたしより先にガーデンにいた紫の羽が綺麗なドール

「アザミちゃんなら何か知ってるかなぁ」

夜だしもう寝てるかもしれない。でもこのままじゃ気になって私が寝れない。
そう思い、教科書をもってアザミちゃんの部屋に向かう。

コン、コンと静かにドアをノックする。

「——はい、今出ます」

がちゃり、とドアが開く。

「アザミちゃん、こんばんわぁ。ちょっとお時間いただけますかぁ?」
「あ、さくらさん。私は大丈夫ですけど……どうされました?」
「えっとね、魔法について気になることがあって、アザミちゃんなら詳しそうだなぁって」

そういいながらおずおずと教科書を顔の前にもってくる。

「魔法について、ですか。私でよければなんなりと」
「えへへぇ、ありがとぉ。この教科書に書いてあることが全然わからなくてねぇ。アザミちゃんなら何か知ってるかなぁって」
「なるほど……ということは魔法をまだ使ってない感じですね? それでは折角なので外へ試しに行きましょうか。あ、でも今日遅いですし……明日に日を改めます?」
「ううん、気になって寝れそうにないからこのままお願いしたいなぁ」
「なるほど、夜風に当たって気分転換するのもありですしね……それでは、川の近くくらいまで歩きましょうか」
「はぁい。ありがとぉ」

アザミちゃんと2人で夏エリアに向かう。

「この辺は暖かくていいねぇ。なんだかほわほわする」
「まぁ、夜はそれなりですよね……昼はクソ暑くて苦手ですけど……」
「たしかに、お昼には来たくないねぇ」

そんなやり取りをしながら川辺までたどり着く

「……さて、この辺で良いですかね?」

「教科書の内容は、魔法を使ってみないと理解することが難しいです。とりあえず水泡魔法から触れていきましょうか……使い方自体はわかります、よね?」

アザミちゃんは小さめの水泡を指先に作り出した。

「うん、水泡魔法は使ったことあるんだぁ」

そういって指先に小さな水泡を作り出す。

「これでアッシュちゃんとも仲良くなったんだよぉ」

「アッシュ……ああ、たしかあの美味しそうな……いや、グロウ先生が連れてたスズメですね?」

「そうだよぉ。飛ぶのが上手な、元気でかわいい子だよぉ」

「元気……まぁ、元気っちゃ元気でしたね……」

「次は疎水魔法いきましょうか。これは簡単にいえば濡れないようにする魔法ですね。面積に応じて消費魔力が大きくなるので、基本小物にしか使えないですけど……」
 「あれは髪乾かすのに便利な魔法だよねぇ」
「なるほど、使ったことある感じなら省略しちゃいましょうか。次は歩行魔法なんですが、こういうところに来ない限りはなかなか機会がないんですよねぇ……」

アザミちゃんはそう言いながら、川に一歩踏み出した。
すると水面そのものが地面のように、彼女は平然と水面を歩く。

「すごぉい......わたし泳げないから......これは怖いねぇ」

水面は暗く、どれくらいの深さがあるのかわからない。

「大丈夫ですよ。いざとなったら引きずり上げますんで」
「......約束、だよ。ほんとに助けてね。ホントにホントだよ?」

歩行魔法を使っておそるおそる水面に足を置く。
そのまま抵抗なく沈んでいく、ということもなく確かに踏みしめられる。
どうやらちゃんと使えているようだ。
効果時間を10分にしているのですぐに切れることはない......はすだけど、それでも怖いものは怖いので、そっとアザミちゃんにしがみつく。

「……そんなに怖いんですか? 水」
「怖いねぇ。お水の中では自由に動けなさそうで、自分ではどうしようもないのが......怖い」
「なるほど……仕方ないですよね、そういうのは……ひとまず岸に戻りましょうか」

アザミちゃんにくっついたまま岸まで戻る。

「ふぅ、まだちょっとドキドキしてるや」
「最後に四つ目の魔法なんですが、液化魔法ですね」
「エキカマホウ?」

「液化魔法です。教科書を買ったのなら、持ってますよね? 魔導書の切れ端」
「持ってないよ。教科書にそんなのあったっけ?」

「……ああ……」
頭を抱えるアザミちゃん。

「えっと、バグちゃんの購買に『魔導書の切れ端』というものがありまして……」
 

「そこに四つめの魔法……ブルークラスの場合、液化魔法がが記載されてます」
「え?じゃあその魔導書の切れ端も買わないとこれ理解らないままってこと?」
「そういうことです、ね……」
「あらまぁ......」
「……ひとまず、切れ端を手に入れるところから……ですね」
「そうねぇ。液化魔法......かぁ。名前からすると溶けちゃいそうな魔法だねぇ」
「その通り。身体を液体にしてしまう魔法ですから」

次の瞬間、アザミちゃんの身体が溶け落ちるように液体に変化した。

「アザミちゃんっ!?」
とっさに大きな声が出る。

驚いて間もなく、彼女の身体は元のカタチへと戻った。

「——とまぁ、こんな感じです。結構便利なので覚えておいて損はないんですよね……ってすごい表情してますけど大丈夫ですか?」

胸を押さえながらへなへなとその場にへたり込む。

「よかったぁ、大丈夫なんだね......急に溶けるから、びっくりしちゃった」

苦しいくらいに胸がどくどくしてる。
鼓動が収まらない。目の前でドールが溶けるのは、できればもう見たくなかった。
無意識に巾着を握りしめる。

「できればわたしは、その魔法は使いたくない......かなぁ。自分が自分じゃなくなりそうで怖いや」

しばらく息を整える。

「取り乱しちゃってごめんねぇ。もう......だいじょぶだから」

そういって笑顔で立ち上がる。

「それなら良いのですが……」
「うん、帰ろっか」

―――

「えへへ、今日は急だったのにいろいろ教えてくれてありがとぉねぇ」
「いえ、お構いなく。魔法魔術に関しては、それなりに使ってますので」
「それじゃぁおやすみなさぁい」
「はい、おやすみなさい」

アザミちゃんと別れ部屋に戻る

「液化魔法かぁ......」

アザミちゃんの液化魔法を見た時、グランドで溶けて消えたシキちゃんがフラッシュバックして取り乱してしまった。

「怖い......なぁ」

溺れるだろうから水に落ちるのが怖い
だから歩行魔法が怖い
溶けて『わたし』の境界がなくなるのが怖い
溶けてなくなりそうで怖い
だから液化魔法が怖い

クラス魔法のうち半分はこわい。
液化魔法はまだ覚えてないけど、この教科書を読むためには使わなくちゃいけないのが怖い。
ブルークラスなのに水が怖い。

新しい魔法が使えるようになるかも、って楽しみだったはずなのになぁ。

布団にもぐり呟く

「教科書に載ってるのは楽しいのだといいなぁ」



#ガーデン・ドール
#ガーデンドール作品

企画運営
トロメニカ・ブルプロさん

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