800字チャレンジ#7「クリスマスソング」

※アイナナ夢小説(逢坂壮五)
※名前あり固定主
※800字チャレンジ100本ノックの自分用記事


アイドルのクリスマスは長い。
僕らの冠番組、『キミと愛なNight!』のクリスマス特別番の収録は随分前に終わったし、出演させていただくバラエティの収録も、12月に入ってからほとんどクリスマス一色。
今年の僕のクリスマスは、12月どころではなく、11月に撮影したクリスマスケーキのCMから始まった。
毎日が赤と緑とイルミネーションの光で彩られていく。

「そういえば、今日ってクリスマスだったんだなー」

クリスマス特番の生放送歌番組の帰り、迎えに来てくれたマネージャーの運転するワゴンの中、隣の環くんの呟きにハッとした。
今日って、クリスマスだったのか。

「そっか。俺も忘れてた!」
「毎日何かしらクリスマスの収録あるもんな。この時期は逆に季節感わからなくなるよなー」
「正直、チキンもケータリングで食べ飽きた感あるな。お兄さん、ミツのブリ大根食べたいわー」
「今日はシチューだっつったろ。シチューに大根おろしでもぶっかけてろ、おっさん!」

クリスマスに浸りすぎてクリスマスを忘れるなんて、本末転倒だ。
けれど、それも自分だけではなかったようで、安心する。
「ねーみっきー、ケーキはー?」席を乗り出して三月さんに問いかける環くんに、「危ないよ」と声をかけていれば、マネージャーからそっと窺うように「あの、」と話しかけられた。

「お疲れの中申し訳ないのですが……。MEZZO"のお仕事が入っているので、環さんと壮五さんにはこの後事務所に寄っていただきたいんです。お渡しする資料があるので」

「わかりました」と声を返し、左腕にはめた腕時計を確認する。
時刻は10時半を回っていた。

「(まだ、残っているだろうか……)」

ある一人が脳裏をよぎる。
けれど、彼女の仕事である編集された楽曲はついこの間提出されていて、でも、人数の少ない小鳥遊事務所の雑用も受け終わっているわけで、でも、彼女の本業は学生なわけでそんな彼女をこんな時間、しかもクリスマスに大神さんが縛り付けているわけがなくて、それでももしかしたら新しい楽曲の編集を、事務所が一番作業に向いているって言ってたし……。
いる、と、いない、を、花占いをするようにもやもや考えて、結論は「期待しないでおこう」だったけれど、実際に誰一人いない真っ暗な事務所内に迎え入れられてしまい、思わず小さくため息が漏れた。
自分は、思ってた以上に期待を、してしまっていたのか。

「どうしました?壮五さん」
「え、い、いや?他の人はみんな帰ってしまったのかなーって……」
「はい。今日はもうみなさんお帰りになりましたよ。あっ、もしかして万里さんに用事でもありました?」

連絡しましょうか?とスマートフォンを取り出そうとする彼女に、急いで否定の言葉をかける。
けれど、連絡、連絡かあ……。
マネージャーから数枚の書類を受け取り、小鳥遊事務所を後にする。
冷たい風が、服の隙間から入り込む。

「さっみぃ。なぁ、早く帰ろうぜ、そーちゃん」
「うん……いや、環くんは先に帰っててくれないか」

僕は少し、用事があるから。
怪訝な表情をしつつも「そーちゃんあんま遅くなんなよー」と背を見せる環くんを見送り、事務所の壁に寄りかかる。
はぁ、と息を吐けば、視界は白に染まった。
冷たい空気に晒されて少しかじかんだ手で、鞄からスマートフォンを取り出す。
画面を操作して、連絡先を開く。スワイプした先に出て来た、「兼原ひいろ」の名前。
画面の右上に表示された時間は、もうすぐ11時になるところ。

「(連絡するなら、今しかない)」

連絡したところで、何になる?
クリスマスは、アイドルの僕にとって特別な一日ではなくなってしまった。
気軽に連絡をするような関係性でもない。
でも、でも。

『もしもし、逢坂くん?』

勢いで押してしまったボタン。やはりやめておけばよかったと思った3コール半で、スピーカーから聞こえて来た彼女の声。
はく、と息だけが漏れる。

『もしもし?』
「あっ、兼原さん」
『どうしたの?何かあった?』

何もない。何もないんだ。

『逢坂くん?』
「きょ、今日、歌番組の収録があって、」
『あぁ、あの生放送のやつね。もちろん見てたよ!』

ただクリスマスだから、

「僕たち、クリスマスってこと、忘れてたんだ」
『あははっ、何それ』

君の声が聴きたくて、

「帰りの車でみんな気付いたんだけど」
『うん』

帰りの車で気が付いた。それまで特別な日じゃなかったんだ。それでも、気が付いてしまった。今日が、一年に一度の特別な日だってこと。それに気が付いてしまったら、君に一目でもいいから会いたくて、君の声が聴きたくなって、思わず電話してしまったんです。

「……メリークリスマス」

僕は、貴方が好きなんです。

『………メリークリスマス、逢坂くん』
「そ、それだけなんだ!おやすみなさい!」

答えを待たずに電話を切った。
ぜぇはぁ、と、全力疾走をしたように息は乱れた。
寒空の下、頬がやたら熱い。
最後にそっと彼女が呟いた『メリークリスマス、逢坂くん』の音が耳から離れない。
たまらなくなって、僕は寮まで走り出した。

メリークリスマス、兼原さん。
聖なるこの日も、僕は貴方のことが好きでした。

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