「歌が上手い」について

高音やロングトーンのような技術に強い魅力を感じないのはボカロが生まれた後に青春時代を送ってきているからだろう。人にしか出せない揺らぎ,そこに込められた感情に思いを馳せる。こういうことができることも技術の革新により音楽を味わう機会が格段に増え,さらに音源の解像度が飛躍的に上がったからだろう。

だからと言って,歌の技術に意味がないのかというとそういうことではない。文明が発達してもヒトがオリンピックに熱狂するように,その身体性への挑戦には感動し続ける。

でも草野マサムネって,淡々と歌うからある意味ボカロっぽい心地よさがある一方で,機械には出せない何かがある。その何かはまだわからない。

スピッツっていいよね,って話。

https://www.youtube.com/watch?v=mf-RrGndfC8 

最近,歌声だけで差別化させよう,しようとする風潮が存在する気がする。もちろんそれは間違ってはいない。声が素晴らしいのはかけがえのない才能だ。同時に「声だけじゃん」と言える,単眼的に評価をしない冷静な自分も持ち続けていたい。

個性の中でも声という身体性の魅力の度合いは年々上がっている。これに変化が起きるころにはどんな技術,どんな音楽が流行っているのか。楽しみな今日この頃。1月が終わる。


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