映画『正欲』感想散文
注意
【読んでくださる方、ありがとうございます。ネガティブな文章があります。ご自身の体調及び精神状態を考慮をしてからご覧ください。大丈夫な方は下へどうぞ↓】
わりとよく、消えてしまいたい夜がある。
辛い思いをしてまで死んでしまいたいとかそういうことではなくて、おそらく死に伴うであろう痛みを引き受ける覚悟もないくせに、今の状態を保ったまま明日を生きるなんてとんでもない、という無責任な気持ちになる夜だ。
粉みたいにさらさらになって消えてなくなったら、明日の朝、新しい自分が出来上がっていたらいいのに。いや、自分でなくて、別の誰かでもいい。その人がたいした苦労もなくなんとなく生きてくれたらそれでいい。
映画『正欲』を見終わった後、そういう夜に浸かった次の朝みたいなわたしがいた。
眠りが浅いせいでむくんだ身体の重み。頭の中だけは無駄に早く回転していて、布団に戻りたくてしょうがない。あの、だるさの中にある悲しい感じ。
『正欲』は最初、小説作品を手に取った。けれど、あんまり丁寧に淡々と、登場人物の苦しみを書いてあるので、読み進めるのがなんだか辛くなって挫折してしまった。それでも中身が気になったので、怖いもの見たさに映画を観た。
映画と小説はちがう、という論もあるだろうから、これはあくまでも映画の感想文だ。
あれをマイノリティの話とするのか、多様性の話とするのか、あるいは社会の在り方の話とするのか。解釈はたくさんあるだろう。
わたしの場合は『歓迎されていない世界で居場所を探す話』と解釈した。
生きていたくない、という生き方をせざる得ない登場人物たちは、果たして、どうにか生きるべく自分なりに居場所を模索する。それは配偶者を持つとか、コミュニティに属するとか、一見マジョリティなやり方とも捉えることができるのに、背景にはきっちりマイノリティの苦悩が踊る。内情を知れば、うしろ指さされるけれど、バレなければ普通で素晴らしい、となる。
犯罪のシーンに関してではなくて、あくまでもコミュニティやパートナーを見つけるよう動いた登場人物たちに対して、想像したことがある。
彼らの苦悩の源は『大切にはしないが、あなたはここにいなさい、逃げることは許さない』という環境からの圧迫ではなかろうか。
特殊な癖を持ち合わせたために、ひとたびバレれば社会からつまはじかれる危険と隣り合わせ。排除するために暴力や誹謗中傷の的になるかもしれない。しかし、環境を容易に変えることはできず、決められた『ふつうのステージ』からの退場は許されない。
ともすれば魔女狩りに怯えて生きなければならず、実際に狩られたシーンはラスト15分(体感なので数値はテキトーです)のとおり。
たとえば、家庭で親や配偶者に暴力を振るわれているが、金銭的不安や物理的報復が恐ろしくて、家から出られないとか。あるいは、過剰労働でハラスメントがひどいのに、退職を許されない職場にいるとか。
『正欲』で描かれる苦悩は、そういう、大切にはされないが、逃げることも許されない状況に彷彿とさせる。いらないと捨てるよりも、ある意味ひどい仕打ち。
なんとしても逃げたらいいとか、自分たちで社会を変えたらいいんじゃないか、みたいなのは、まあ言う分にはタダではあるものの、周りが提案するだけでは、結局何も解決していない。
映画を観ている間ずっと、手助けするつもりもない外野から投げられる石の痛みがひしひしと伝わってきた。自分をどうにかするのは自分にしかできないし、彼らをどうにかするのは彼らにしかできないのに。
最悪の目覚めを思い出したのはきっと、そのせいだ。
ただ、作品の中には、小さな希望もいくつかちりばめられていて、少しだけ救いもあった。
無罪ながら、状況証拠により、あらぬ罪に問われた登場人物のひとり、佳道には夏月というパートナーがいた。彼らは異性に恋愛感情を持たない。お互いのとある癖が似ていることで繋がりを感じ、夫婦になった。
佳道の関係者として検事に呼びつけられた夏月は、佳道に伝えてほしい言葉を選ぶシーンでは、いなくならない、待っているから、とだけ、落ち着いた表情で話す。
(原文ままではないのでニュアンスだけ汲んでください)
そこには確かに二人の信頼があったし、二人分の居場所があった気がした。
ふつうじゃない、共通点を持つ二人は異性愛を交わしてはいないけれど、それに匹敵する、あるいはそれ以上の関係性を築いていた。
その後、佳道と夏月がハッピーエンドな日常めいた生活を手にしたかは定かではない。ただ、生きていたくないまま生きていた二人は、もう少し生きようと思える二人になれたらいいと思った。
明けない夜はないけれど、新しい朝が優しいとは限らない。それでも、夜を生き延びた者にしかわからない景色があるので。
身勝手なセンチメンタルを持ち出しながら、久しぶりに映画を観た感想はこんな感じ。
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