命って2

なぜ亡くなってしまったのか、
薬とのことだった。
減っていく体重に対し、
薬が多かったとのことで
飲みすぎて自ら死んでしまったのか
体力がなくて亡くなってしまったのか
今ですら、わからない。
ただ当たり前だけど亡くなるということは
もう本人に確かめることが出来ないのだ。
昨日まで一緒にいたのに、そのことが
不思議な感覚だった。

このことは悲しみと共に、
冷酷な自分を感じることにもなった。

彼女はとにかく繊細だった。
この世で彼女が生きてくことは
この先どれだけ鈍感になれば良かったのか。
それは途方もない時間とパワーがいることに感じた。
彼女にその可能性を感じるのが難しかった。
これで良かったとも思わない。ただ
生きることが絶対絶対大事と100パーセント
思えてない自分を知った。
そもそもこの世とあの世どっちが
幸せなのかも私にはわからないままだ。

私自身いつ同じになるか、
ほんとに僅かな差だと思った。

いまでも自殺する人や
ニュースで犯罪を犯す人を
見て他人事ではないなと感じることがある。
私は精神障害者になる予定ではなく
夢にも思わなかった。
なりたくないのにコントロールできず
なったしまったことで、1歩間違えたら自分は危ういな
という感覚があり、ニュースを見ても
罪を犯した人を
100パーセント叩けないことがある。
でも、なりそうな自分に怯えているわけでなく
人にはそーゆー部分があるのだと
自覚する。自覚するだけで避けられたり
謙虚になれることがある。
今はそのような感覚だから私に会う時に
私に刺される心配はあまりしないで欲しいとも
思う。

お葬式にデイケアの友達には刺激になるのを避け、全員来なかった。
こんななら、
刺激し合って傷ついたほうがマシで
優しい空間ってそーゆーことかよ
って苛立っていた。

彼女とは主治医が一緒で
先生に彼女が亡くなったことを
話したら、
死ぬような薬を処方してないんだけどなぁ
と言った。

あー保身かぁ。みんな自分が大事。
私ももちろんそうなのに
苛立ってしまった。

苛立ったのは
世の中にだと思う。
枠から外れてしまったら
とっても生きづらいこの世に
嫌気が刺した。途方も無さすぎて
変えることも出来ないのだから
諦めて枠に必死で戻るしかない自分の未来に
絶望もし、怒りも湧いた。こんな世の中に生きるのが苦しかった。

でも今は少し感覚が違う。
枠から外れても、きっと
この瞬間から楽しむこともできる。
この瞬間から自分を生きることが出来る。
たたそれには
変だけど、難しいけど、死ぬ覚悟さえできたらだ。
野垂れ死にする覚悟、
パッと咲いて散る花のように生きる覚悟
命を燃やすことに集中する覚悟さえできたら、枠から外れても、
笑顔を捉える瞬間は増える。
自分の足で
影を受け入れ光に向かうことができる。
私はそーゆー風に生きてる感じがする
2人の友達坂爪さんと保科さんと
昨日焼肉ランチした。

ふと帰り道、もし、彼らと早く会えて
彼女が焼肉ランチできていたら
彼女も未来に
希望を感じることがあったのかも
しれない。生きれたのかな?なんて
思った。私は彼女に優しくしようって
思った。元気になって欲しいと
彼女と接した、

だけど、自分が
枠から外れ、絶望していたままだったから
彼女に光は届けられなかった。

たらればはない
生きる光を見つけるのは
自分にしかできない。

それでも
彼らとただただ話すことができたら、、
違かったのだろうか?

未来にほんの微かな光を感じたら
乗り切れることがある。僅かな希望でいい。

それさえあれば、、
そんな紙一重な瞬間がたくさんある。

時は進んでいる

今そんな友達と出会えた幸せも感じ
帰宅した。


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