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愛は熱〈COTS2024〉

2023年12月。
スイスの一人旅から帰ってきて数ヶ月後。
旅に魅了されていた僕は以前から気になっていた「LESWORLD海外ワークショップ」の申込みをしていた。
理由はいろいろあった。

「死ぬまでにしたい100のこと」に「ミュージカルをする」と書いていたから。
海外に誰かと行く経験をしたかったから。
大学最後の春休みに何かをしたかったから。

最初は他の参加者(クルー)の誰よりも軽い気持ちで申し込んでいたと思う。

しかし、帰国後、あの「熱」を思い出し、幸せで泣いてしまうなんて、あの時の僕は知らなかった。

『愛しきる』

出発、3ヶ月前。
オンラインで今回の旅を共にするクルーと顔合わせ。
その時間で旅のテーマも発表された。
それが「愛しきる」。
自分自身も、クルーも、子どもたちも愛しきる。

「お」って思った。
「愛」は僕のテーマだったから。
この1年ずっと考えてきたテーマだったから。
だから愛しきるために自分なりに行動していた。

「愛するためにみんなのことを知らなくちゃ」
だから全員と漏れなくオンラインでお話をした。

「きっと雰囲気が大事だから楽しそうにしよう」
だからオンラインでは出来るだけふざけてみた。

「もっと愛について知っておきたい」
だから愛に関する書籍や議論を何度も行った。

『愛しきる』というテーマが今回の旅の舞台ネパールをより一層輝かせた。
期待が膨らんでいった。

出発、1週間前。
「俺は自分自身も、仲間のみんなも、子どもたちも、全力で愛しきるぞ」

『39.5度』

成田空港から出発する前日。
身体のだるさがあった。
疲れてるだけって信じたかった。
でもコロナだった。

うなされている時、ちょうど僕が乗るはずの夜行バスが出発した。
熱が下がりそうな時、みんなが乗っている飛行機が飛び立った。
そして楽になった頃、グループLINEで笑うみんなの顔がよく見えるようになった。

悔しくて悔しくて消えたかった。
悔しくて眠れなかった。
拳に爪が突き刺さる。体が震える。

もう行っても無駄だ。

倦怠感がそんなネガティブを助長する。
でもその言葉は本心だった。

子どもたちが受け入れてくれるはずがない。
クルーのみんなも俺をどうしたらいいかわからない。
まず最初から参加できないワークショップに意味なんてない。

消えたい。消えたい。消えたい。
でも本当に行かなくていいのかな。
後悔する気がする。
そうだ、子どもたちには会わないで、クルーのみんなには会いに行こう。少しだけでも一緒に旅ができればいいよ。それでいい。最後の数日だけでも行けたらいいよ。それで、いい。
それで、いいのか。

『ゆうちゃん、待ってるよ!』

一本の動画が届いた。
みんなが「ゆうちゃん待ってるよ」って手を振ってくれる動画。

日本時間、21時。
寝つかれて、椅子に座っているのに、部屋の明かりをつけず俯いていた僕に届いた動画。
画面の明かりはマスク顔を照らしただけじゃない。
心を照らしてくれた。
心を明るいところに引っ張ってくれた。

「俺も行っていいんだ。」

あの動画がどれだけ心の支えになったか。
あたたかかったか。
僕しか知らない、宝物。
その宝物は、みんなにとっては何気ない数秒だったかもしれないけど、みんなから貰ったものなんだよ。

『0m』

何とか1人でネパールに辿り着いた。
現地の暑さが病み上がりの体に堪える。
頭も痛かった。
不安だった。

悪路を走るタクシーに揺られながら考えていた。
「俺は本当に受け入れてもらえるのか」
みんなには申し訳ないけどこの時点ではまだ不安だった。
ずっと苦手なのだ。
もう雰囲気ができたグループに入っていく瞬間が。個性を出せずに死んだようにそこにいるだけの時間が。怖いのだ。

みんなの宿場に到着した。
クラクションが騒がしい街とは異なり静かだ。
空は呆れるほど元気に青めいている。

到着したことを知らせるLINEを送る。
遠くの方から椅子を引く音が聞こえる。
「ゆうちゃんー!」
上の階から弾んだ声が降りてきた。

日本とネパール。
直線距離にして約5,000km
もう崩れそうな体を、あたためてもらった心でここまで持ってきた。

触れた。

たくさん抱きしめてもらった。
17人の仲間から熱をもらった。
僕は水蒸気みたいにもくもく上がっていく。
もみくちゃにされた時に不安を持ってかれたようで、残ったのは触れてもらった場所の温もりと、これからの時間に対する期待だった。

みんな大好きだよ

今の精神状態なら子どもたちに会えると思ったから、思い切って決断した。
宿場に到着して数分後には軽装になって子どもたちが待つ孤児院COTSへと歩みを進める僕の姿があった。

『出会い』

みんなにとっては6日目。
僕にとっては初日。
子どもたちはどう思うのかな。
途中から来た大人に心を開いでくれるだろうか。

心配は杞憂に終わった。
ネパール色に染まった髪のおかげもあってか、ありがたいことに子どもたちに囲まれ、たくさん遊んだ。

しばらくして今回の海外ワークショップテーマ曲である”evergreen”の歌の練習をしていると、これから残り5日間で特に愛しきる対象である「バディ」と出会うことになった。
彼女の名前はカラシャ。

僕はクルーと子ども2人のもともと組まれていたバディ関係に入り込む形になっていたから正直遠慮があった。
でも愛しきるって決めたから。
3人の塊のそばにそっと座ってみた。
カラシャは僕の目を見て微笑んでくれた。

次の日の朝、クルーのバディからこう言われた。

「バディを特別扱いしてほしい。
 本当の家族になりたい。」

途中から来た僕をバディに入れてくれた感謝があって、その想いに応えたいという気持ちもあっただろうけど、それ以上に僕自身がそうしたいと思った。
愛しきるぞ。

『ハートの隙間から』

来る日も来る日も、愛おしい時間が過ぎていく。
名前を呼んでくれる。
たくさん遊んでくれる。
僕もそれに応えようと子ども達の名前を覚えるためにたくさん夜更かしをした。
手紙も書いた。
プレゼントもした。
イラストも描いた。
交換日記も書いた。
出来る限りの愛を与えた。

でもやっぱり、かわいいかわいい子どもたちの中でも特別なのはカラシャとの思い出だ。

カラシャは冗談が上手くて、僕の下手な英語も一生懸命理解しようとしてくれて、たくさん褒めてくれて、気配りができて、仲間のことが大好きで、でも嫉妬もして、かわいくて、ずっとそばにいてくれる女の子。

僕は忘れない。
ダンスの時、向かい合って、両手でハートをつくり、その隙間から笑顔を覗かせるカラシャ。
打ち抜かれた。幸せだった。
あの瞬間を今でも一枚の綺麗な絵として覚えている。

『足りない』

残り2日となった夜。
クルーの1人が亡くなったお母さんとの話をしてくれた。
ずっと涙が止まらなかった。

「もうニ度と会えなくなるかもしれない」
という言葉。

思い出す。
中学生の頃、台湾への単身赴任の父が玄関の曇りガラスから見えなくなる時、静かに泣いていたあの日を。

多分、あの頃の気持ちと今の気持ちが重なっている。今、愛し切りたいカラシャとの時間は残り2日しかない。

足りない。
けど、決めた。

ふとした瞬間も。
手を握る時も。
抱きしめるその時も。
全てを彼女にそそごう。
そして愛しきろう。
後悔なく、最後まで。

『愛の正体』

9日目。
地面に座り、目を閉じて、そうしてない人は座っている人に触れていくというワークショップがあった。

僕は地面に座り、カラシャは僕の横に立って寂しそうに僕を見つめている。
合図で僕は目を閉じて、こんなアナウンスが聞こえた。

「来てくれてありがとうって伝えたい人に触れてください」

直後、彼女は僕に大きく覆い被さった。
嗚咽が聞こえる。
暗闇を彼女の体から伝わる熱が静かに照らす。
肩あたりにある彼女の腕に触れる。
頬を温かいものが滑り落ちる。
彼女のサンダルを指でなぞる。
震える声に、何度も頷く。
その時間が過ぎていくほどにお互いが熱を分け合い、あたたまっていく。
触れられているところと、心があるところにある熱がじんわりと全てを包んでいく。
離れたくない。離したくない。

愛は、熱なんだな。

感謝と幸せと愛がまた熱になって伝わる。

思い返せばいつだってそうだった。

寝込んでいる時手を握ってくれた家族。
ネパールからの動画に心を温めた夜。
宿場のロビーで抱きしめてくれた仲間。
愛してるの言葉が書かれた手紙。
離れたくないと、涙を流して、しがみつく時。

いつも愛がある場所には熱があった。
距離は関係ない。
体でも、心でも、あたたまればそれが愛だ。

あとがき

「あのタイミングでコロナになっていなければ」
なんて思っていたのはあの動画が送られる前までの自分で、今はむしろあの時体調を崩してナイスとすら思っている。

あの病気があったから「不安」があって、
その不安があったから、それを消していく過程に大きな価値が生まれて、
その不安の先に「あたたかい」ということがどれほどありがたくて、幸せで、愛に溢れているのか気付けたのだから僕の旅に後悔は微塵もない。

こう思えたのはクルーのみんな、
みんなが愛をくれたからなんだぜ。
1人残さず、精一杯の感謝を伝えたい。
ありがとう。

帰国後、引っ越し作業中、
ネパールでの日々を思い出し泣いてしまった。
幸せでね。幸せすぎて泣けたよ。
俺と出会ってくれてありがとう。
生まれてきてくれてありがとう。

愛を込めて。

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