#19 だいじなことはめんどくさい

11月12日(水)

宮﨑駿さんが「だいじなことはめんどくさい」っていうような言い方をしていました。細かい手の動きや走る少女の髪の毛を一本一本描きながら「めんどくさい、めんどくさい」って呪文のように言っているのを以前にテレビで見たんです。これ、まったく同じことを、自分も企画書を書きながらやっていたなあと嬉しくなったのを覚えています。 

 もう自分の頭のなかでストーリーは書きあがっているんです。いまは出来る限りそのストーリーに忠実に、より相手に伝わる表現で原稿を書いているわけです。まずここでこれを言うだろう?そうしたらこの次にこれを語って、ここでデータで説得して…。もう喋ったほうがぜんぜん早いんです。直接。でも企画書がないと相手は舞台にぼくを上げてくれません。ぼくは大事に育ててきたおもしろい企画をどうしても実現したい。それで「めんどくさい、めんどくさい」と呟きながら企画書を書いています。もうね「誰かやってよ」っていつも思っています。 

 しかもこの段階というのはそれほどクリエイティブな作業じゃあないんですよ。クリエイティブな段階としてのアイデアを考えたり資料をひも解いたりというのはすでに終わっていて、それを具体化していく作業。言ってみれば映画監督がコンテを描いて撮影も終わって、それを自分で編集しているような感じ。絵の順番も台詞のタイミングもBGMの音量もわかりきってる。でもやらないとみんなが見えるかたちにできない。だからやるんです。これをやらずに口だけで語る人、多いんです。でもいくら「いい映画のアイデアあるんだよ」といっても、シナリオすらない映画にお金を出すプロデューサーはいませんよね。 

 原稿を書くとか、デザインするとか、イベントの準備とか本来は孤独な作業で、単調で、そしてめんどくさいものです。でも、めんどくさいことをやってるときは、いちばん大事なことをやってるときだ。そう思うようにすると、ちょっとお腹に力が入って、ひとがんばり出来ると思うんです。オフィスで「めんどくさい、めんどくさい」と言ってる人がいたら、もしかしたらいまお腹に力を入れているときなのかもしれません。だって、そこで手を抜いちゃえばもうめんどくさくないはずだからね。

それではみなさん今日もお元気で。I hope you enjoy Kyoto!

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