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2-5 三〇年代実存小説の諸相その他 ジェイムズ・ケイン『郵便配達は二度ベルを鳴らす』


ジェイムズ・ケイン『郵便配達は二度ベルを鳴らす』The Postman Always Rings Twice  1934
ジェームズ・M・ケイン James M Cain(1892-1977)
 ポーの最初の受容先がフランスだったように、不況期のある種のアメリカ小説作法は、本国以上にフランスで受け入れられることになった。ケインはその一人だ。ハードボイルド派に分類されるが、チャンドラー型の都市小説の産出者ではない。
 『郵便配達は二度ベルを鳴らす』は、非常に影響力をおびたタイトルでありながら、謎めいている。物語の中にポストマンは登場しない。物語の外からベルを鳴らすのだ。二度。必要に応じては、三度、四度か。フランス実存小説の元祖と崇められる理由は納得できる。
 放浪するプアホワイトの青年が、ギリシャ系の男の営む安食堂に身を寄せ、そこの女房と結託して亭主を謀殺する話。一度は失敗して、二度目で目的を果たす。語り手でもある殺人者が裁きを待ち受けるところで物語は終わるが、最後のページは、どことなく付け足しのようにも読める。
 乾いた、短く途切れる文体は、この男の動物的ともいえる行動を報告していくだけだ。じっさいに人間なのだろうかと疑わせる。彼は思考すらしない。トタン屋根を打ちつける驟雨のような音。――それは彼が愛人の死に立ち会うとき使われる比喩だ。破局を表わすのにふさわしい粗野な響きは、小説のなかに不快なエコーをおよぼしている。

田口俊樹訳『郵便配達は二度ベルを鳴らす』 新潮文庫 2014.9


田中西二郎訳『郵便配達は二度ベルを鳴らす』 新潮文庫 1963

 4度の映画化。翻訳点数も多士済済。二度ベルは、誰にために鳴るのか、何度でも鳴っている。ポストマンの日本語化もいろいろで。

飯島正訳『郵便配達はいつもベルを二度鳴らす』 荒地出版社 1953
蕗沢忠枝訳『郵便屋はいつも二度ベルを鳴らす』 日本出版協同『ジェイムズ・ケイン選集』第5巻 1954.4 / 『郵便やはいつも二度ベルを鳴らす』 旅窓新書 1955.3
田中西二郎訳『郵便配達は二度ベルを鳴らす』 東京創元社『世界名作推理小説大系』第19巻 1961 / 新潮文庫 1963
中田耕治訳『郵便配達は二度ベルを鳴らす』 集英社『世界文学全集 20世紀の文学』第38巻 1967年 / 集英社文庫 1981.11
田中小実昌訳『郵便配達は二度ベルを鳴らす』 講談社文庫 1979.4
小鷹信光訳『郵便配達夫はいつも二度ベルを鳴らす』 ハヤカワミステリ文庫 1981.11
池田真紀子訳『郵便配達は二度ベルを鳴らす』 光文社古典新訳文庫  2014.7
田口俊樹訳『郵便配達は二度ベルを鳴らす』 新潮文庫 2014.9

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