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「負け組の星」という枷から解き放つための物語 -『ウマ娘』のハルウララ育成シナリオについて思うこと

ウマ娘始めました。

正直既にやってるスマホゲーも手が回ってない現状なのでツインターボが育成できるようになるまで様子見しようかと思ってたんですけど、あの、DMM版がリリースされたじゃないですか。

「DMM版は基本縦画面なので、ピボット回転できるPCモニターがあると大画面でゲームができて捗る」

という話を耳にしまして。

先日私が購入したPCモニター、ピボット回転できるんですよ。

これはもう、天啓だと思いまして

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有り体に申し上げて最高です。

さて、そんなこんなで始めたウマ娘。

育成モードでウマ娘を育てていくのがゲームの大きな柱なわけですが、一人ずつ個別にシナリオが用意されています。

どの子のシナリオも大変に素晴らしくて、もう始めてから数日ボロボロと泣きっぱなしなんですが、中でもシナリオについて特に語っておきたいが子がおりまして。

それは、生涯成績113戦0勝の競走馬をモデルにしたウマ娘・ハルウララです。


育成シナリオのモチーフ

ウマ娘のシナリオは、そのほとんどがモデルになった競走馬の半生を下敷きにしています。

こちらのブログの方が解説なさっているように、実際の競走馬の半生やエピソードが大量に織り込まれているんですね。

しかし、競走馬のハルウララが現役時代に出走していたのは、地方競馬である高知競馬場

ウマ娘のシナリオ全体がモデルにしている中央競馬には、一度も出走したことがないんです。

当然、他のウマ娘のモデルとなった馬達との間に因縁もありません

では、ウマ娘のハルウララ育成シナリオには全く下敷きとなるものが無いのかというと、私はそうではないと思います。

ハルウララの育成シナリオが下敷きにしているもの。

それは、2003年から2004年にかけて全国区で巻き起こった「ハルウララブーム」ではないでしょうか。


競走馬・ハルウララの半生

競走馬のハルウララは、誕生後セリ市に上場されるも買い手がつかず、生産した牧場がみずから所有する形でデビューしました。

小柄ながら身体が丈夫だったハルウララは勝てないながらも年間20回のペースでコンスタントに出走し、出走手当で年120万円を稼ぎました。

競馬場の調教師に馬を預けるための費用は、高知競馬場の場合で年間130~140万円。

黒字ではなかったものの、ハルウララは預託料の大半を自ら賄うことができたため、負け続けながらも現役を続けることができたのです。

2003年、その連敗記録が実況アナウンサーの目に留まり、地元紙が取り上げ、経営危機から話題性を求めていた高知県競馬組合が大体的に広報を行ったことにより、ハルウララは全国的な知名度を得ることになります。

100連敗に達したレース後にはセレモニーが行われ、高知競馬場は4年ぶりに入場者数が5000人を突破。

ハルウララの単勝馬券の売り上げは、高知競馬場史上最高額となる301万円に及びました。

106戦目には中央競馬のトップ騎手・武豊騎手が騎乗することになり、当日の入場者数は1万3000人、総馬券売上額は8億6904万円を記録。

ハルウララの単勝馬券だけで売上は1億2175万円、グッズ等関連商品は1000万円を売り上げるなど、ブームは最高潮を迎えました。


競走馬の本質から外れて

高知競馬やメディアには多くの利益をもたらしたハルウララブームでしたが、「競技」としてハルウララに関わる人たちにとって喜ばしいものではありませんでした。

ハルウララ騎乗後のコメントで武豊騎手が語ったように、競馬の本質は「強い馬が、強い勝ち方をすること」ではないかと思います。

「負けること」で注目され喜ばれるハルウララは、競馬の本質からは外れた存在でした。

牧場の生産者も、世話をする競馬場の厩舎員や調教師も、騎乗する騎手も。

その馬を勝たせるために仕事をしています。

結果を出せず、賞金を稼ぐことができずに引退した馬のその後を調べてみると、最終的な行き先が不明になっていることも少なくありません。

それが何を意味しているかは、おそらく察しがつくでしょう。

だからこそ、競走馬に関わる人たちは全身全霊をもって仕事をしています。

「負け続けていること」を理由に競争馬を持て囃すということは、結果を出している馬と結果を出せなかった馬、その両方を貶める行為にもなりかねません。


ハルウララ狂騒曲に対する俯瞰と反省

『ウマ娘』のハルウララ育成シナリオには、ハルウララを応援する商店街の人々と、ハルウララと同じレースに出走する友人のウマ娘が登場します。

勝ち負けなどは気にせず、ただただハルウララに「楽しく」走ってもらいたいと考える商店街の人たち。

勝負の重みを理解できないハルウララに、激しく憤る友人のウマ娘。

この二つ、私には「ハルウララの連敗を持て囃す人々」「競技としてハルウララに関わる人々」がモデルになっているのではないかと思えてなりません。

ウマ娘の育成シナリオで、ハルウララは「砂の祭典」JBCスプリントを制し、有馬記念への出走権を手にします。

その過程で、勝負の重みを背負って走ることの楽しさと悔しさを知ることになります。

それは、「負け組の星」という枷からハルウララを解き放ち、奪われてしまった「競走馬としての尊厳」を取り戻していくための物語なのではないかと思うのです。

『ウマ娘』のアプリが発表された時、連敗記録によってフィーチャーされたハルウララをどのように扱うのかは気になっていた部分でした。

いざ実際に触れてみると、ハルウララブームに対する違和感と俯瞰的な反省を織り込んだそのシナリオは、あまりにも予想外でした。

サイレンススズカのシナリオ終盤も、競走馬・サイレンスズカファンの心を的確に抉りにくる素晴らしいものだったんですが、まだこちらはある程度想定の範囲内だっただけに、より嬉しい驚きだったな、と思います。


GⅠを制した後の満面の笑み

ウマ娘の育成シナリオ中、デビュー戦で勝利したハルウララは「前に誰もいないのなんて初めて!」という言葉を口にします。

この言葉を聞いた時、この「初めて」は単にウマ娘としてのハルウララだけでなく、競走馬のハルウララが走った113レースを含めての言葉のように思えてしまって、まだデビュー戦終わっただけなのにボロボロと泣いてしまいました。

GⅠを制した際のハルウララの満面の笑みは、筆舌に尽くしがたいほど胸を打たれます。

その画像は、敢えてここには載せません。

ここまで読んでくださったあなたにもぜひ、自分の手で育て上げたハルウララの笑顔を見てもらいたいと、心から思います。


余談

余談ですが、去る2月27日に競走馬のハルウララが25歳に。

お誕生日、おめでとうございます。

現役時代も、引退してからも人間の都合に振り回され続けた競走馬・ハルウララ。

せめて『ウマ娘』のようなフィクションや余生くらいは、穏やかで幸せであればと祈るばかりです。


ハルウララの半生やブームに対する指摘等については、以下を参考にしました。


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