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一文小説集「川」等五篇

「川」  歩いている夜道に、笹舟の自販機が増えてきて、川が近いことがわかる。 「図工」  死なない子どもたちが、学校の図工の時間に自分たちの棺桶を作っている。 「売れない」  その画商の男は、ずっと売れない女性の肖像画のモデルが、幼い頃に生き別れた自身の妹であることを知らない。 「運」  運が悪かったね、と女はつぶやいて、元夫の生まれ変わりであるミニトマトを口に放り込んだ。 「かわいい」  火葬場で焼き上がった母の台車を取り出した瞬間、「かわいい~!」と声が

    • 頭韻詩「ソネット・さ」

      さんざん飲んだが 参加しなければよかったと思った 三々五々の後一人で さみしい道を帰る時 燦々と降り注ぐ威光 賛否両論の武勇伝 山椒は小粒でも…… 刺身のツマを見つめてやり過ごした ささくれを剥きながら公園で独り酒 サッカーの時間にヒーローになり 算数の時間に恥をかいた思い出が蘇る 最終電車が去っていく音がする 財布は空だ さらばだみんな

      • 一文小説集「株価」等三篇

        「株価」  人工の蛍を製造している会社の株価を見て、今年も夏を実感する。 「塀」  買い物に行く途中、通りかかった刑務所の塀の中から、誰かが「カレー食いてー!」と叫ぶ声が聞こえたので、今日の夕飯はカレーにする。 「宿題」  小学校で「命」についての作文の宿題を出された少年が、下校途中に公園に寄り、蟻を一匹一匹潰している。

        • 一文小説集「長靴」等三篇

          「長靴」  軒下に干した長靴の先から、娘の涙が滴っている。 「雲」  見上げた青空に、雲かと思ったら修正液で、何を消したのだろう。 「副作用」  副作用の欄に「嘘をつく」と書かれた風邪薬を飲んで、恋人の家に向かう。

        一文小説集「川」等五篇

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        • 頭韻詩まとめ
          11本
        • 私の文体練習まとめ
          12本

        記事

          一文小説集「巨鳥」等三篇

          「巨鳥」  その巨鳥の巣は飛行機雲が集まって出来ている。 「痙攣」  鏡で自分の顔を見るとき、必ず私のまぶたは痙攣する。 「ぬいぐるみ」  道を歩いていたらぬいぐるみを踏みそうになり、思わずよけると、後ろから「踏んでよ」と言われ、振り返ると裸足の少女が立っている。

          一文小説集「巨鳥」等三篇

          頭韻詩「ソネット・こ」

          小娘はほっと息をつく ココアが温かいからだ こごえるような風が 公園を吹き抜ける 子どもらの声が こだまするここで こじれていく初恋を このまま終わらせてしまいたい 校舎の隅で交わった視線 黒板を消している時の背中 校庭を駆ける毛深い脚 好むと好まざるとに関わらず 心はこっそり変形させられていく コッペパンよりも柔らかい物

          頭韻詩「ソネット・こ」

          一文小説集「傘」等三篇

          「傘」  玄関わきに月光除けの傘が立てかけられているアパートの一室から、ある夜、一人の女が出てくる。 「泥団子」  墓地で一人、墓石を相手におままごとをしている少女が、墓石に泥団子を塗りたくっている。 「機械」  死んで天国に行ったら、入口の番号札の機械が壊れていた。

          一文小説集「傘」等三篇

          頭韻詩「ソネット・け」

          健康でいるためには 堅実でいなければならない 賢明な判断と 懸命に働くこと 絢爛な街の灯 喧噪の中から笑い声 建設中のマンションを見上げる 健全そうな家族 欠点ばかりが男を満たしている 蹴っていた小石を見失った けっ、何だよ馬鹿野郎 警察官が空を見ている 煙を吐く火葬場が遠くに見える 消しゴムのカスみたいな雲が浮いてる

          頭韻詩「ソネット・け」

          一文小説集「良いこと」等三篇

          「良いこと」  良いことをしたくなった青年が、父親が造っている偽札を一枚盗み、コンビニの募金箱に入れた。 「変化」  数年前、自身の母親の遺影を持って美容整形外科を訪れた女性が、今度は娘の遺影を持って再び訪れた。 「サイレン」  毎日救急車のサイレンの音を口真似しながら町内を走り回っていたおじさんが、ある日救急車で運ばれていった。

          一文小説集「良いこと」等三篇

          一文小説集「月」等三篇

          「月」  夜空を見上げると、昨夜まで月があった場所に、札束が浮いている。 「役人」  悲しみの標準値を決める役人が、自身の母親の葬儀会場で、参列者に何かを訊いて回っている。 「羽音」  親戚たちの羽音も遠ざかり、墓地には羽のない私だけが残された。

          一文小説集「月」等三篇

          一文小説集「虹」等三篇

          「虹」  虹で遊んでいた子どもたちの爪がどす黒く汚れている。 「袋とじ」  遺書雑誌の袋とじのグラビアで、綺麗な女性アイドルが遺書を踏んづけていた。 「飼育員」  動物園のシマウマの飼育員が、ホームセンターで、思い詰めた顔で白いペンキを見つめている。

          一文小説集「虹」等三篇

          一文小説集「対話」等三篇

          「対話」  ベビーカーに一個のツナ缶を載せた女と、一匹のマグロが、水族館の水槽越しに見つめ合っている。 「荒野」  人類が滅亡した後の荒野で、信号機たちが、自分たちの本当の色を灯し始める。 「祈り」  夏、家の前の道の上でびちびち跳ねている金魚を見ながら、雨降れ、と心の中で祈っている。

          一文小説集「対話」等三篇

          頭韻詩「ソネット・く」

          クッキーは 鯨の形 雲は 海月の形 靴下の穴は 熊の形 苦しみは 栗のイガ 朽葉のにおい 草木風に揺れ 区切りのない空 クエスチョンマークにまみれた生活 口癖は「ごめん」 薬を飲んで寝る

          頭韻詩「ソネット・く」

          一文小説集「蚊」等三篇

          「蚊」  高名な書道家が、自身が書いた「蚊」という文字の前で、恍惚の表情を浮かべながら全身を掻きむしっている。 「使者」  少年のフーセンガムが月と同じ大きさまで膨らんだ時、月からの使者が針を持って現れた。 「担架」  担架に載せられた墓石が救急車に運び込まれる。

          一文小説集「蚊」等三篇

          一文小説集「コンビニ」等三篇

          「コンビニ」  疲れた顔の男が、深夜、「酒・たばこ・小鳥」の看板があるコンビニへ入っていった。 「コーラ」  深夜のファミレスのドリンクバーの前に幼い少年がいて、コーラを選んだ人の後をとことこついていく。 「友人」  深夜の独房で初めての友人が出来た。

          一文小説集「コンビニ」等三篇

          一文小説集「糖衣錠」等三篇

          「糖衣錠」  あの子が死んで何年も経つので、あの子の墓前に供えるお薬も、そろそろ糖衣錠じゃなくてもいいだろう。 「飼育」  理科の解剖の授業用に代々飼育されている蛙の中から、予め体に切り取り線が入っている個体が生まれる。 「壁」  夜中、母の位牌を撫でていたら、アパートの隣人に壁を叩かれた。

          一文小説集「糖衣錠」等三篇