令和3年司法試験・刑事系第1問(刑法)・設問2に挑戦

令和3年司法試験・刑事系第1問(刑法)・設問2に挑戦
第2 設問2
【基礎知識】
1、この問題を解くには、①共犯の離脱②同時傷害の特例(207条)の知識が必須
2、共犯の離脱又は解消について
①判例からの論証例
→共同正犯の一部実行全部責任の根拠は、共同正犯者が相互に意思連絡して結果に対して物理的・心理的な因果性を及ぼしたところに認められる。このことから、共犯者の一人が、意思の連絡により一度及ぼした因果性を完全に切断したと認められるときは、共犯からの離脱が認められ、その後、他の共犯者が実行した犯罪につき責任を負わない。
 具体的には物理的因果性の完全切断とは、犯行資金の回収、道具の回収、情報の回収・隠滅などを行うことである。また、心理的因果性の完全切断とは、離脱・解消の通告、他共犯者の承諾だけでは足りず、真摯な結果防止の取り組みが必要であると考える。
②共犯者同士が喧嘩になり、気絶した場合の共犯関係の解消について
参考裁判例=名古屋高判平成14年8月29日(法学教室2005年3月号(No.294)別冊、2005/3、32p)
 A県B市で、甲と乙が被害者Vを一度は共同して暴行を加えたが(第1暴行)、激しい暴行を加えた乙に対し甲が止めに入ったところ、乙が甲に暴行を加え気絶させた。その後、乙は甲を放置して、Vを自動車をC市の港へ運び、その場所で、一人でさらにVに対し暴行を加え(第2暴行)、傷害を負わせた。しかし、Vの傷害は第1暴行によるものか、第2暴行によるものかは不明であった事案で、甲の共犯からの解消又は離脱が争われた。
 第1審では、甲が気絶したとしたとしても、第2暴行まで甲の物理的・心理的因果性は残存しており、共犯の離脱・解消はないとし、甲にも、乙との傷害の共同正犯を認定した。
 これに対し、第2審では、甲は乙の激しい暴行を止めようとしたこと、また逆に乙の暴行によって気絶し、それ以上の共同行為ができなかったことから、
甲の共犯からの離脱又は解消を認めた。ただ、Vの傷害の原因が第1暴行、第2暴行のいずれにも特定できないことから、207条によって甲にも刑事責任を認めた。
→本問との共通点は共犯者の一人が、他の共犯者の暴行によって気絶した点である。ただ、裁判例では第1暴行と第2暴行が別の場所で行われているが、本問では同じ場所で行われていることである。
3、同時傷害の特例(207条)適用要件
ⅰ各人の暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性があること(逆に言えば、共犯者のうち、特定の者の暴行が傷害を生じさせた可能性が高い場合は適用されないことになる)
ⅱ各人の暴行が外形的に共同実行に等しいと評価できる状況で行われたこと。具体的には時間的・場所的な近接性がある場合かが重要な考慮要素になる。(逆に言えば、時間的・場所的近接性がない場合は適用されない余地がある)
4、本問特有の注意点
 なお書きで、自らの見解を問うものではないとしている。これは、解答者の法的判断は求めていない。要件を立てて、それを充足するかどうかを論理的に考えて、小問(1)の刑事責任を負わない説明と、小問(2)の負う説明を展開することを求めている。
 ここ2、3年、このような問題が続いているが、悪問の典型だよ。単なる論理捜査で、人を裁くのかねえ、本当に疑問を感ずる。具体的な客観的事情と個人の意思を考慮し、総合的な判断が求められるべきだと思うが・・・。
5、これらの論点を総合すると、各小問の説明は次にまとめられる。
A 小問(1)→【①共犯の離脱を認め、かつ、②同時傷害の特例の適用を認めないことにしなければならない→そうすれば、甲は刑事責任を負わない】
B 小問(2)→【①共犯の離脱を認めないことから罪責を負う説明と、②共犯の離脱を認めるが、同時傷害の特例を認め、この点で甲が刑事的責任を負う場合=名古屋高判と同じ説明】
6、以上の観点から、次に具体的な解答文を記述する。
【解答文】
第2 設問2・小問(1)
1、問題点
 甲が乙の頭部裂傷の傷害結果を負わないとの立場は、①甲と丙との共犯(60、204条)が解消されたとこと、かつ、同時傷害の特例(207条)の適用がされないことを説明することが必要になる。【→ここで暴行は208条、傷害204条であることを暗記】
2、共犯の解消について
(1)共犯の解消の要件については、共犯者の一人が他の共犯者に対して与えた物理的・心理的な因果性を完全に遮断することが必要である。具体的には
(2)
 甲と丙が乙に対して加えた暴行は、まず、丙が乙を羽交い絞めして甲が木刀で乙の頭部を殴打したほか、丙が手拳で乙の顔面などを激しく殴打した第1暴行と、その後、丙が甲を殴打して甲を気絶させた後、丙が一人で乙を木刀で乙の頭部を殴った第2暴行で構成される。
 甲は第1暴行の段階で、丙の激しい暴行に甲は驚き、丙の暴行を止めようとした。ところが、これに丙が激高して甲に暴行を加えて甲を気絶させた。このような事実は、甲が丙の暴行をやめさせようと傷害結果の発生を防止するために心理的因果性を遮断したと言える。また、甲は、丙の暴行を受けて気絶したことから、その後、物理的因果性を及ぼすことは事実上、できなくなった。以上の事実から、甲は、共犯から離脱、解消したと評価できる。
(3)上記のように、甲、丙間の共犯が解消されたとしても、甲は第1暴行の段階で木刀で乙の頭部を殴打しているのは事実であることと、乙の傷害は甲と乙による木刀での頭部殴打で発生しているのは明確であるが、いずれの殴打行為によって形成されたことが不明であることから、同時傷害の特例の適用の余地があるとも思われる。
 しかし、同時傷害の特例の要件は、ⅰ各人の暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性があることⅱ各人の暴行が外形的に共同実行に等しいと評価できる状況で行われたことである。具体的には時間的・場所的な近接性がある場合かが重要な考慮要素になると考える。
 確かに甲が第1暴行で木刀で乙の頭部を殴打しており、上記要件ⅰを充たす。
しかし、乙の傷害は第1暴行と第2暴行で形成されており、甲は第1暴行の段階で気絶しており、それ以降、すなわち第2暴行には一切、加わっていない。甲の暴行は、丙との共同実行に等しいとは評価でず、甲は同時傷害の適用を受けない。
 したがって、甲は、刑事責任を負わない。
3、検討
第2 設問2・小問(2)
1、問題点=
 甲の刑事責任を負うとの立場からの説明は二通りの説明がある。第1は、α甲の共犯の離脱または解消を認めない説明である。甲の共犯の離脱・解消が認めなければ、甲は丙との傷害の共同正犯として刑事責任を負うことになる。
 第2は、β甲の共犯の離脱又は解消を認めるものの、同時傷害の適用を受けることから刑事責任を負うとの説明である。
2、上記αの説明
 確かに甲は第1暴行の段階で丙の激しい暴行に驚き、丙の暴行を止めようとして逆に丙の暴行を受け気絶して第2暴行には何の寄与もしていない。このことから、共犯の離脱又は解消が認められるとも考えられるが、甲と丙との共謀の内容は、乙への暴行である。甲の意図は乙をいさめることであり、他方、乙の意図は乙が警察に通報することを防止させることと若干、異なるが、共謀の内容は乙への暴行と共通している。また、第2暴行には甲が加わっていないが、
第1暴行と第2暴行は、甲と丙の乙に対する暴行という動機は貫徹しており、例え、甲が気絶したとしても、甲の乙に対する心理的因果性は残存しており、消滅していない。
したがって、甲と丙の傷害の共同正犯(60条、204条)が成立し、甲は刑事責任を負う。
3、上記βの説明
 甲は第1暴行の段階で、気絶していることから、この段階で共犯関係は離脱又は解消は認められる。気絶し、一切の行動ができない者が他者に心理的・物理的因果性を及ぼしつづけることは観念できないからである。
 しかし、甲は第1暴行の段階で、木刀によって乙の頭部を殴打している。また、第2暴行の段階で丙は、甲から取り上げた木刀で乙の頭部を殴打している。
第1暴行と第2暴行は同一内容であるうえ、時間的・場所的近接性も認められる。これらの事実から甲と丙との各暴行は、同時傷害の特例の要件ⅰ、ⅱとも認められる。
 したがって、甲、乙には同時傷害の特例(207条)が適用され、甲は刑事的責任を負う。以上

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