イシナガキクエの考察(4話まで見て)

エックスでポストするにはあまりにも長文になってしまいそうなので、一度も書いたことの無いnoteを書くことにしてしまいました。
もしかしたらお目汚し失礼します

まず考察の結論として
・イシナガキクエは怪異ではない
・米原さんはけして善人ではない

時系列に沿って説明しよう。
55年前、恋人だったキクエさんを失った米原さんは、キクエさんが亡くなったという事実がどうしても受け入れられなかった。
彼は自分が人生を再出発するためには、彼女が死んでしまったのだということが間違いなく証明される必要があると思った。
その為の方法として、彼は降霊術という方法に思い至る。

もし死者の魂を現世に呼び戻す降霊術でキクエさんの魂を呼び出せたなら、それは彼女が死者になったということだ。
その上で、彼女本人の魂が「自分は死んだ」。
そう言ってくれたなら、自分もそれを受け入れられるに違いないだろう。
米原さんはそう考えた。

そして彼はあらゆる書物の情報から独学で降霊術を学び、実行に移した。

降霊術の具体的な方法はわからないが、どうやら、
①呪符で囲った部屋
②降ろしたい相手の写真
③降ろしたい相手に近しい条件の女性
これらが必要だったらしい。

しかし彼の降霊術は尽く失敗した。
しかも米原さんのオリジナル降霊術は、失敗すると③で用意した女性が必ず死んでしまう。
 失敗した際に発生した③の死体を単独で隠蔽しながら、米原さんは次のようなことに恐れるようになった。

この死体が、怪異になることだ。
米原さんは、キクエさんと再会するまで降霊術自体は今までどおり行いたいが、そうするならば失敗した際の死体同様、その死者の魂も安全に処理したい。

そこで頼ったのが、稲垣乙さんと、代理人だった。
米原さんは降霊術に失敗して死体を出す際、
死体そのものは代理人(=死体遺棄の代行業者)に処置してもらう。
しかしその死者の魂は、霊能者である稲垣乙さんに処置してもらう。
という形をとる事にした。

米原さんは降霊術を試し続けた。
本人の住居も他の場所に移し、元の邸宅は降霊術と、代理人達を寝泊まりさせるためだけの施設として利用することにした。
後処理を頼んだだけだった稲垣乙さんも協力を買って出てくれた。
③に当てはまりそうな女性の姿と居所を、念写してくれるようになったのだ。
念写であるためその姿は曖昧にしか映らないものの、その効力はてきめんだった。
おかげで米原さんは、③の準備には事欠かなくなった。
外部委託してから数えるようになった試行回数も、35回にまで達した。

しかしここで、重大な問題に直面する。
稲垣乙さんの、老齢による衰弱だ。
死者の魂の処置には問題なかったが、しかしそれだけでは終わらない。
念写が、出来なくなってしまったのだ。
これにより、③の女性が致命的に不足してしまう。
この危機に米原さんは、またも一計を案じた。

テレビ番組に出演し、全国の視聴者にキクエと思しき人を捜索してもらうことにしたのだ。
そしてその人を使って、また降霊術を行うことにした。
キクエ本人の言葉で、キクエは死んだと聞かせてもらうために。

しかしその奮闘も虚しく、視聴者から情報が寄せられることは無かった。
女性の手配に苦心する米原さん。
そしてその内に………稲垣乙さんは、寿命を迎えてしまった。

降霊術を断念し、長い時が過ぎた。
手段の尽きた米原さんはとにかく近隣に貼り紙をし、熱心にビラを配り続けて日々を過ごすのみ。
その姿は既に、近隣の住民に半ば白眼視されていた。

しかしそんな彼に着目した、ある人々がいた。
テレビ東京の取材班である。

彼らは米原さんを被写体としてドキュメンタリーを撮ろうと取材を敢行する。
米原さん自身も、稲垣乙さんが遺してくれた最後の念写による写真を提供するなど、積極的に協力した。
最初は「写真は無い」と言って降霊術について隠すつもりだったはずの彼がそうしたのは、彼らの熱心な取材に心を動かされたのか
あるいは、過去のテレビ出演で果たされなかった「視聴者情報を利用した全国からの③の女性の調達」に希望を見出したのか。

しかし、米原さんの懸命な姿を映像に残すことに情熱を燃やす彼らの取材は、それと相反して、彼がテレビに取材されていることを快く思わない人々を動かすことになる。

それは、代理人。
死体遺棄の代行業者たちだ。
このまま米原さんのイシナガキクエ捜索活動について取材を続ければ、どこかの段階で彼の過去のテレビ出演に行き当たる。
それは稲垣乙さんの住所の発覚に繋がり、降霊術への関与の発覚、代理人たちの遺体損壊という犯罪行為の発覚に繋がる。

代理人達の行動は早かった。
夜深く、呼び出した米原さんを、ポリタンクとライターで自殺に見せかけて始末。
そしてその他の降霊術に繋がりかねない証拠を抹消する為、米原さんの現住所にも、集団で侵入した。
その際、別宅への侵入は翌日になってしまった為、YouTuberキラフ氏による撮影は成功してしまった訳だが、それに気づくのは捜索番組の第2回が放送されてからであったが。

米原実次さんのドキュメンタリー番組はその訃報を受け、
急遽イシナガキクエさん捜索番組として放送された。
第1回は多くの人の目に留まり、第2回も終わった。
その後、番組に匿名でビデオテープが送られてくる。
過去のテレビ番組。
若き米原さんが、テレビの視聴者に稲垣乙さんの住所を見せる映像が収められたものだ。

それを見たイシナガキクエ捜索番組のスタッフたちは、すぐさまその稲垣乙さんの住所に突撃する。
そこは現在、死体遺棄の代理人達が住み込んで作業の場所にしている場所である。
死体遺棄の代行を依頼していた稲垣義一さんの、元住居である。

現住所から車でやってきた稲垣義一さんは、番組スタッフをその家に招き入れてくれた。
亡くなってしまったらしい義一さんの家族が、つい先日まで生きていた痕跡をそのままにした家の中に入る。

一旦、稲垣義一さんについての考察に着いて話そう。
義一さんは、現在進行形で降霊術を行っていた人物だ。
降霊術と、その処理の仕方ならある程度知っている。
米原さんと乙さんと代理人が処置をする時のテープを見たからだ。
一応、後から自分たちでも池の中に処置された死体を撮影しに行き、映像を見直しておいたので、再現は十分可能だと考えたらしい。
(捨てたはずのそのテープが誰かに拾われ、番組に送られるなどとはまさか思っていなかったことだろう)

妻か、あるいは子供か。はたまたその両方か。
義一さんは米原さんの方法を踏襲し、住んでいた家を降霊術と代理人のための施設として別の家に引っ越し、降霊術を行うとなった時に度々戻ってきていた。

しかし、罪悪感からか、あるいは失敗に疲れていたのか。
義一さんは、自らの行いと、代理人の存在を告発することにした。
彼が匿名でビデオテープを送ったのは、恐らくそのためだ。

ここで時系列に戻ろう。
告発と懺悔を考えた義一さんは、まず手近にあったテープを再生する。
この際の取材班との受け答えは慎重に行う。
この家のどこかで、代理人たちが聞いているかもしれないから。
音声テープを持って帰って貰えたら、次は8mmフィルムとビデオテープをテレビ局に送る。
降霊術の後の処置について学ぶ際に見返せるように纏めておいたので、送るのに手間はかからなかった。

第3回は義一さんへの取材映像と、義一さんが提供した映像を放送するのみに留まった。
最後には米原さんが亡くなった速報を再度流した。

第4回は、配信のみに留まった。
米原さんの元の住所、封印されていた部屋に入ると、米原さんとキクエさんが仲睦まじく写った写真が見つかった。
真実は明るみにされないままであった。

以上が、自分が解釈したイシナガキクエをさがしていますの全部でした。
米原さんはキクエさんに会うために(許されない行いを繰り返しながらも)懸命に降霊術を試みた。
義一さんもそれに習おうとしたが、耐えきれずに告発を試みた
どちらを美徳ととるかは、自分には選べません。




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