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フォステ探偵卓SS アルヴィン・ホプキンズの日常

「お待たせしました、カフェラテ2つです」
上品そうな店員が、湯気の上がるカップを順にテーブルに置く。
「ありがと、あともうちょっと頑張って」
向かいに座る青年が、笑顔で店員に向かって言う。
「また『お客様』連れてきて……まぁシフトに支障はないんでいいですけど」
「今の君にとってもお客様だろ、別にいいじゃないか」
店員は、青年に苦笑いをしながら手を振り「じゃあ、ごゆっくり。私はもうちょっと頑張る」と言って立ち去っていった。

カフェ『ルージュ』。階層にある、いたってありふれたカフェ。名物は特にないが、大きめの街の駅前でよく見かける。多くの人間が、時間つぶし、小腹を満たす、あるいは個人的な作業のため、そんな理由で使う。
「さテ、お待たせして悪かったネ」
だが、今の私はカフェラテを楽しむために来たわけでもなければ、友人とのおしゃべりを楽しみに来たわけではない。
「構わないよ。……店員同士で仲がいいんだね」
目の前の青年に用事があって来たのだ。
「決まった時間以外暇なカフェなんテ、こんなもんだろウ」
青年はカフェラテに砂糖を入れ、ゆっくりとかき混ぜる。
「変わったガキだなァ、って思ったかイ?ネット上の"アル"とは印象が違ウ、ってよく言われるんダ」
彼は、特徴的な喋り方をする。文面だけでのやり取りでは、実際に顔を合わせた時の印象はわからないものだ。
「本題に入る前ニ、一つ話したいトピックがあるんダ。これはただの趣味だかラ、無理に聞かなくても大丈夫ダ。聞いてくれたラ、前金は安くしとくヨ」
にっ、と八重歯を見せた。いたずらを終えて勝ち誇ったような、悪ガキのような表情。
「僕は嘘はつかなイ。"真実を伝える"コト、それが僕の仕事だかラ。副業でも真面目にやるヨ」
言い終わって一口、まだ湯気の立ち昇るカフェラテをすすった。
「それじゃあ、聞かせて貰おうか。お得になるんだろ?」
「そうこなくちゃネ。ありがとウ」
私の返答に満足したのか、彼は椅子に座りなおして足を組んだ。

「世の中に、エンターテインメイントはたくさんあル。音楽に演劇にマジックにダンス、色々とネ」
「あぁ、色々あるな」
「その中でモ、『仕組みがわからない方が楽しい』ものト、『仕組みが分かっても楽しい』ものがあル。前者はマジック、後者はジャグリングとかかナ。
僕もコインマジックを少しだけ教わったヨ。コインが消えたリ、また現れたりするやつサ。鏡に見せるのが精一杯だけどネ。人の手で『奇跡』を起こすのハ、中々に修行がいるものダ、って実感したヨ。」
彼の話を聞きながら、私もハートが描かれたカフェラテをすする。マジックを『奇跡』と表現するのは彼らしい。
「さテ、僕は魔術を使えなイ。憧れはするんだけどネ。でモ、人が魔術と表現するものの技術の一端は知ってるんダ。完全再現はむりだけド、真似っこは出来ると思うヨ。例えバ……」
ごそごそ、と鞄を漁り始める。
「ここニ、僕のお気に入りのぬいぐるみがあル。あァ、少女趣味だとか笑わないでくれヨ。そこは本質じゃないからネ」
"ムニムニアンニン"の名前で有名な、気の抜けた顔の、赤いアクセサリーが目立つ白い犬のぬいぐるみが彼の手に握られている。
「僕が今からこの"あんちゃん"についてたくさん語ったとしよウ。特に見た目の特徴をネ。たぶん君の視線は、僕の手のぬいぐるみと、せいぜい僕の顔くらいかナ。そこを行ったり来たりするだろウ」
彼はカップをそっとずらし、ぬいぐるみを机の上に差し出す。
「僕は君に"あんちゃん"に注目させるためのトークをすル。そうすれば、君は僕のぬいぐるみを握る手ト、僕の表情だけを見テ『楽しげに話すなァ』と、考えるわけダ。……その間ニ、そっと僕が器用に靴を脱いでいたとしテ、君は気付けるかイ?テーブルの下で起こル、僕の音と店の音に紛れるような僕の変化を指摘できるかナ?」
手に持っていたぬいぐるみを机に座らせ、彼は続ける。
「僕の話に聞き入っていた君ハ、この店の店員が1人帰って交代したことには気づかなイ。……適当に入った店の事情なんテ、無理に気づく必要もないことだけれどネ」
言われて見渡せば、先程カフェラテを配膳してくれた店員はどこにもおらず、別の店員が空いた机を拭いている。
「よくある手段サ。わざとどうでもいいところをセンセーショナルに目立たせテ、見えないように細工をすル。視線誘導、なんて言ったりするのかナ。」
一通り話した彼は、ふっと一息つきながらカップを口に運んだ。まだカフェラテは残っている。
「人間というのハ、騙されやすい生き物ダ。フェイクニュースは消えないシ、詐欺もなくならなイ。カルトだってあちこちにあル。言葉とジェスチャー、あとはちょっとした手先の器用さデ、『魔術』を演出することが出来てしまうのサ。これだけ技術が発展しててもネ」

「長い話はそろそろ終わりダ。……僕はネ、魔術師になりたいのニ、魔術師を殺してしまうんダ。ナイフでひと刺しだとカ、銃でドカン!なんてことじゃなイ。彼らの見せる夢ヲ、全て壊してしまウ」
相も変わらずイタズラ小僧の顔で、八重歯を見せながら彼は笑う。その笑顔に、私は少しだけ恐怖を感じた。
「これから君ハ、僕への依頼をすることデ『魔法の仕組み』を知ることができル。僕は君のために真実を探しテ、種明かしをして見せよウ。でモ、もしかしたら君の知りたいことは君が望むことではないかもしれなイ。種明かしをされたら、マジックはもう楽しめないからネ。それでモ、トリックの解明を望むかイ?」
私は一つ、息を飲んだ。
「……あぁ、君を頼らせてくれ、探偵アルヴィン」

「フフ、ありがとウ。それじゃア、前金はラテ代でいいヨ。僕の長い"趣味の話"も聞いてくれたことだシ。……それじゃア、君の番ダ。話を聞かせてくレ、カスタマーサマ。」

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