中間報告

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標題の通り、マカロン焼成実験についての中間報告を行います。

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今回が最初の報告なので、この実験を始めるに至った経緯もここで説明したいと思います。

昨年9月頃より、わたしはタルト作りにハマりました。そのタルト生地を作る際は、卵黄のみを使います。また、タルトのフィリングにカスタードクリームを詰めることも多く、カスタードクリームもまた、味の好みから卵黄のみを使います。

よって卵白が余るため、加工の必要が生じました。しばらくはフィナンシェにしていましたが、端的に言うと飽きました。

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そこで他のお菓子にすることに決めました。が、フィナンシェ以外にするといっても、ケーキ類やクッキー類は基本的にバターを使います。フィナンシェをやめようと思った理由は飽きたから、が主な理由でしたが、バターをたくさん使うこと、も実はそれなりの理由です。(経済的負担&油脂類高カロリーアタック)

そんなこんなで、「バターを使わずに卵白を消費できるお菓子」であるマカロンに白羽の矢が立ちました。

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しかし、マカロンは作るのが難しいとされているお菓子です。実際に、高校生の頃のわたしが一度レシピを調べて、その煩雑さに挫折しています。

そこで、マカロンの何が難しいのか、難しいと感じる理由を考えてみました。

まず、高校生のわたしの挫折理由である手順の煩雑さでしょう。しかも、レシピも「何度か作れば分かるようになる!」みたいな感覚に頼った説明であることがほとんどです。これでは、失敗した時に何が原因だったのかを検証しようがなく、よって改善策を練るのも難しく、挫折する人を増やしてしまいかねません。もったいない。

次に、焼成技術のハードルです。当然ながら、各家庭にあるオーブンは全国共通統一規格ではありません。熱源はガスなのか電気なのか、有効な庫内サイズや熱のまわり方など、それぞれにたくさんの違いがあります。マカロンは焼き判定がシビアなお菓子ですので、レシピはあくまで参考程度、自分の持つ設備に合う条件を見つけることが重要になります。試行回数を重ねる(=練習する)必要があるというのは、たしかに難しいお菓子といえそうです。

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しかし、難しいと言っても、誰かが作っているから世の中にあるのです。つまり、作れるはずなのです。再現性もあるはずなのです。

そこで、原理を理解して、その上で練習し感覚として学ぶ、という打開策を講じました。このプロセスはとてもオーソドックスな学習方法ですが、定番の学習方法は定番になるだけの理由があるのです。遠回りに見えることがいちばんの近道なのです。やるしかない。

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ということで、目的です。この焼成実験の目的は、マカロンを作れるようになるために構造を理解し、焼成技術を習得することです。

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まずは構造理解について報告します。

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敵を知らないことには、戦いのスタートラインにも立てません。そこでまずは文献調査と称して、レシピをいくつか眺めてみました。すると、だいたいの共通点があることがわかりました。それがこの材料の比率と手順です。

このレシピから、マカロンはメレンゲを基礎にした焼き菓子であることと、手順③~⑤がマカロン特有であることから、これがあの形状に関係していると読み取ることができます。

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そこで、初めに、メレンゲを焼くこと、について考えてみます。

メレンゲとは、卵白をひたすら泡立てたものです。よってメレンゲ内には小さな空気の粒がたくさん含まれています。

また、空気は温度が高くなると膨張します。つまり、卵白に含まれている空気の粒も膨張します。

ボイル=シャルルの法則から、圧力を一定として常温と高温の体積変化を考えれば、体積が大きくなると分かっていただけると思います(オーブンで温める場合はとくに加圧しないので、加熱前も加熱後も常圧と見なしていいと思う)。

そして同時に、タンパク質の熱変性が起こります。

卵白の場合は、加熱すると不可逆で凝固します。ここでは、たまごをゆでたらゆで卵になるけど、それを冷やしても生卵に戻らない、というのを想像していただけたら大体合ってるはず。

空気の粒が大きくなり、その大きさのまま固まる。これがサクサクやふわふわといった、軽い口どけの基になります。

スポンジケーキやシフォンケーキなども原理的には同じです。

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次に、マカロンの形状と手順の関係について考えるため、形状について整理します。

そもそもマカロンとは、マカロンコックと呼ばれる半楕円形の焼き菓子で、クリームやガナッシュといったフィリングを挟んだもののことです。そしてマカロンコックは、下の方に少し生地がはみ出た部分を持っています。この部分のことをピエと呼び、これがあることこそがマカロンの特徴でもあります。

以上を踏まえて、手順にどんな意味があるのかを、順を追って考えます。

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まず、マカロナージュです。これはざっくり言うと、メレンゲを潰す作業です。がんばって泡立てたのに潰すという少し悲しい作業ですが、これをすることで生地内の気泡粒径がある程度揃い、焼成時に綺麗に膨らみ、また、大きすぎる気泡を潰すことで、表面がつるんとした綺麗なマカロンを得ることができると考えられます。

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次に、乾燥工程について。

卵白に限らず、タンパク質の一般的な性質として、状態の違う界面における変性、というものがあります。

ここでいう「状態」とは気体、固体、液体の三相であり、界面というのは、物質Aと物質Bが接する境界面のことです。

マカロンの場合は生地と空気の境目が界面となり、生地は卵白が主成分、かつ卵白は水を多く含む物質ですから、生地は水を主成分とする液体、と見なすことができ、気液界面が成立していると考えられます。

タンパク質の構成パーツであるアミノ酸は、親水性の部分と疎水性の部分を持っています。疎水性の部分が表面に露出するのは、親水性の部分が生地(水)と仲良くするために、なるべく空気と触れないようにした結果です。

この理論でいくとメレンゲ内の気泡ひとつひとつともこの気液界面が成立してることになるので中まで固くなるんじゃないか?という話になるのだけど、内部は成立したところで四方を卵白に囲まれているから水分が飛んでいかず、変性しても固くなりすぎないのかなと思っているよ(都合の良い拡大解釈)
あとこのあたりを調べていた時に、「卵白に含まれるタンパク質の大部分を占めるオボアルブミンは空気に触れると固くなる性質を持っている」という情報が個人ブログ等で確認されましたが、出典として信用に値する文献に出会えなかったので、今回はタンパク質全般の性質ということにしました。ということは、卵白以外の“加熱によって凝固し、起泡性の高い物質”でもマカロンは作れるのだろうか?(そんな食材が思いつかないが)


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そして最後、温度差をつけた焼成です。やり方としては最初に高温で短時間(1~3分)焼成したのち低温で長時間(15分〜20分)焼成する場合と、高温で予熱しておいたオーブンに入れて、設定温度を下げて焼成を開始する場合とがありますが、オーブンはすぐには冷めませんので、後者も結果として高温→低温のプロセスを踏んでいます。

オーブンは庫内の空気を温めることで、その空気から食材に熱を伝達していきます。そのため空気と触れる、食材の外側から順に熱が伝わります。ですので最初に表面が焼き固められ、その後内部の焼成に熱エネルギーが使われます。

電子レンジはマイクロ波で食材内部の水分子を振動させることで熱エネルギーを生み出し加熱するので、外側からとは限りません。

このことと温度差がある焼成とを組み合わせると、図に示した通り、高温焼成で表面を固め、低温焼成で内部まで加熱していると考えられます。

しかし、ここで一つの疑問が生じます。

「温度差、本当に必要?」

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そこで高温のまま、低温のままで焼成を行ったらどうなるかを、よくあるマカロン失敗例と照らし合わせて考えてみたところ、こんな具合で失敗する可能性が高い、という結論に辿り着きました。

これで、作製手順の「なぜその操作をするか」をすべて説明できるようになった気がするので、必要な理論背景はすべて把握したと判断しました。

ちなみに、アーモンドプードルを加えるのは、メレンゲの補強材みたいなものだからだと思っています。鉄筋コンクリートにおける鉄筋がアーモンドプードルで、コンクリートがメレンゲ。なので、薄力粉やきな粉や米粉でも全然代用できるんだろうな、と思います。小麦粉のグルテンや米粉のデンプンやきな粉の風味で生地の食感や風味は変わってくるだろうけど。

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構造理解ができたので、技術習得編に移ります。実践です。

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構造原理を把握したうえで考えると、押さえておくべき技術要点はこの二つであると言えそうです。ので。

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まず生地作製について。得たい生地は膨張力のある生地、つまり強いメレンゲの生地です。しかし、手順上外すことができないマカロナージュや生地の放置(=乾燥工程)は、メレンゲの強度を落とす作業でもあります。ということは、その前段階で、とにかく頑強なメレンゲを作り、その工程を経てもなお強いメレンゲを維持できる生地を作らなくてはなりません。そこで、わたしはスイスメレンゲを用いることにしました。

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メレンゲは作り方によって上記三種類に呼び分けられます。

フレンチメレンゲはおそらく最もメジャーな作り方です。各種レシピでメレンゲを作ります、といって紹介される手順もほとんどがフレンチメレンゲの作り方です。

一方で、イタリアンメレンゲ、スイスメレンゲは加熱して泡立てる、という特徴のおかげで、フレンチメレンゲと比べると、泡の安定性に利があります。

しかし、イタリアンメレンゲは砂糖を溶かしたシロップ(120℃くらいになって熱い)を用意しなければならず、また卵白に投入したすぐ後から泡立て始めないと、シロップ周囲の卵白が凝固してしまうので、すばやさが必要です。すばやさに自信のないわたしがこれをひとりでやるには難易度が高いと判断したため、スイスメレンゲに落ち着きました。

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そしてもう一つの要点、焼成温度です。高温→低温のプロセスを踏むことが必須の焼成ですが、もう一つ、ΔTの設定も重要になってきます。ΔTが大きすぎると、高温焼成の膨張力に低温焼成時の膨張力が追いつかず、内部が空洞化してしまいます。

表面だけを固めるのが目的の高温焼成ですが、実際には表面が固まるまで表面のみを狙って熱を通すのは不可能なので、少なからず生地内部も加熱され気泡が膨張します。しかしこの時、生地内部はまだ凝固が進んでおらず生焼け状態なので、温度を下げると萎みます。

逆にΔTが小さすぎると、内部の膨張力が落ちないため表面を突き破ってしまい、割れマカロンになってしまいます。

複数回に分けてオーブンで焼く時なんかに特に起きる事故ですが、天板が完全に冷めていない状態で、それに次のものを乗せて焼いても割れがちです。天板に残存した熱エネルギーにより、T2が想定より高くなってしまうためです。

文献調査結果に基づくと、ΔTは20〜30℃に設定されていることが多いです。が、庫内温度の下がり速度しだいでは、変数にT3、T4が登場し、ΔT=T1-T4=20~30になるよう、小刻みに焼成温度を下げていくといった細かい調整も必要です。いや本当に面倒くさいお菓子だなおまえ。既製品買った方が安上がりだぞマジで。

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そのあたりの技術要点を考えながら試行回数を重ねた結果、高収率条件の設定に成功しました。それがこちら。

『粗製糖』と書いてしまいましたが一般的には『粗精糖』かもしれない。こまかく精製してない砂糖ってことだから、どっちの字でも伝わる気がするんだがどうだろう。

この条件で得た生成物は以下の写真の通りです。

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だいぶそれっぽい。

▼以下この条件で作ってみたい方向けの注意点▼
(興味ない方は結言スライドまで読み飛ばしてね)

注意①:卵白に対して重量比100%を超えて砂糖を入れると、かなり粘り気が出て泡立ちづらくなるため、手立てでは筋肉疲労に見舞われるうえに心が折れます。ハンドミキサーがない場合は、グラニュー糖や粉糖といった、粒が細かくて溶けやすい砂糖を用意し、半量は粉類を混ぜるタイミングで追加するのが賢明です。(粗製糖やてんさい糖など、粒度の荒い砂糖で半量ずつに分けて混ぜると、砂糖が溶けきらず粒が残ります)

わたしが粗製糖で作っている理由は、単に家で常用してる砂糖がこれだからです。グラニュー糖や粉糖は1kgあたりのお値段が常用している粗製糖より高いので、お財布事情的にもできるだけ粗製糖で作りたいというのもあるけど。砂糖を変えると食感や味も少し変わるらしいよ。

注意②:よくあるレシピでは乾燥工程の際に「手で触っても生地がついてこなくなるまで」と書かれていますが、この生地は触って生地がついてくるような状態でも、生地表面にツヤが出ていれば表面変性は完了とみなして問題ありません。どうにかなります。絶対乾燥してないだろ、と思って絞って10分とかで焼いてみたこともあるんですけど、普通に焼けました。おそらく砂糖の吸湿性に起因するのだと思うのだけど、この生地は手で触れて生地がついてこなくなるまで乾かすと、先にメレンゲがへしゃげる気がします。それくらい水分が飛びづらい。

注意③:マカロナージュだけはマジでほんとに「習うより慣れろ」なので、なにも解説ができません。しかし、マカロナージュ正解例を動画で予習しておけばきっと作るのこわくない。正解を知ることは大事。

それから、メレンゲがスイスメレンゲ(強い子)なので、そこらのレシピの○回くらいマカロナージュすればいいよ!という指標はあてにしないでくたさい。確実にそれ以上の回数が必要です。


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今回の中間報告をまとめます。目的①こと構造理解は、おそらく達成できました。また目的②こと焼成技術習得も、ひとまず高収率条件を確立できたので、目的を達成したと言えそうです。

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ということで今後の予定は以上の通りです。書き忘れましたが再現性の検証も今後の課題ですので、それも同時に行う予定です。

これで中間報告を終了します。お付き合いいただき、ありがとうございました。



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