心のこりの栞

私は中学、高校と不登校だった。それが影響して、なかなかうまく生きていけないなーという実感をコトあるごとに噛み締めてきた。だいぶ社会生活を送れるようになってきた今は、今までの後悔で、解消できるものはなるべく解消していきたいと思っている。自己満足かもしれないが、少しずつ後悔を減らしていきたいのだ。

引きこもって生活をしていたとき、私はただただつらいということしか考えられなかった。人の親切や優しさを受け取ることもできず、むしろ迷惑とさえ思うこともあった。放っておいてほしかった。そのくせ、ひとりじゃ何も出来なかった。今は、ひとりで出来ないことがたくさんあっても、いろんな人の力を借りることができるようになってきた。そして、受け取ることが出来なかった親切と優しさを、少しでも、何かどんな形でも返したいと思う。それと、消極的な後悔を産まない努力をしたい。心のこりの出来事に栞を挟んでいるのだとしたら、その大きさも色の濃さも様々で、見過ごせるもの、そうじゃないもの、私にはたくさんある。挟んだ栞を外すことで気持ちが前に進むかもしれないと思い、私は栞を抜き、過去を動かしたい。

そのために、既にいくつかやったことがある。まず、アカウントを消して連絡を絶ってしまった中学時代、高校時代の友人と連絡をとったことだ。そして、会える人には会って話した。みんな温かい人で、連絡が取れない間も心配していたみたいだった。それから定期的に会って、ご飯に行ったり、遊んだり。。。楽しい思い出をつくって 青春の意味をひとかじりすることができている。もし、学生時代に送れなかった青春が、私にもあるのだとしたら今だと思う。友人たちに何か返せているかはわからないけど、楽しい。


そこで、中学時代の友人と部活の話になった際に、またひとつ後悔を思い出した。私は不登校になったときに必然的に部活にも行かなくなったのだか、私の所属していた柔道部では顧問の先生ではなく、外部コーチが指導してくれていた。小学生のころからクラブに入っていた私は、その時からの付き合いで、部員の中で一番長くお世話になっていた。今思い出してみると、かなり熱心に、かつ楽しく指導してもらっていた。コーチとの練習は、厳しさより楽しさが勝る時間だった。私はずっと自分のしんどさにしか頭がいかず、コーチの存在や、思いを考えることがなかった。なんの挨拶もないまま、10年近く経ってしまっている。
友人の話では、私が欠けてからの部活は 他の子も練習に来ない日が多くなり、参加人数が少なく、楽しくなかったと。私がいて、少しは意味があったのかという謎の安堵と、行かなかったことに対する悔いを感じた。私が来なくなってから、コーチはどんな気持ちでいたのだろうか。


この栞の大きさは、はたしてどれくらいなのだろう。人生における後悔としては、あまり大きくないのかもしれない。だが、私には引っかかる。数年前の私だったら、後悔を思い出すことはあっても、それに対して行動することはなかった。でも今は、見過ごせない後悔の栞は外したいと思う。行動して後悔を産むことになっても、しなかった後悔よりはいいはずだと思える人でいたい。だから私は近く、コーチに会いに行くと思う。後悔を減らすために。自己満足かもしれないが、そこの栞を外したい。


#私の心のこり

#心のこりの栞