川合大祐「スロー・リバー」8

 川合大祐「スロー・リバー」の一句観賞8回目です。わたくしごとですが、漢字では書くのも見るのも辶(しんにょう)が好きです。では、早速観賞に移りましょう。

目に見えぬものを書いたが文字がある
 例えば、味覚は見えない。嗅覚も、聴覚も同様だ。しかし、視覚も含めてそれらは文字になる。哲学は全く分からないが、概念も文字にすれば存在すると言えるだろう。文字があることの有り難さは自分を含め他人と時間を超えて共有の一助となることだ。中学生のころ、通学路は存在しない可能性があると言うと、頭おかしいんかと父にひどく怒られたことがある。反論こそしなかったが、当時おそらく議論にはならなかっただろう。通学路はほぼ毎日通っていた。通っている時は記憶通りの道が存在しないとは思わなったが、家にいると角を曲がった先の道が存在しているとなぜ言えるのか、分からなかった。それは記憶であって視覚でも触覚で確認し続けられることではない。日々のこととはいえ、記憶が曖昧なものであるとの認識も持っていた。すると、その時居たリビングの隣の部屋も見えないのなら、存在しない可能性があるとも思った。目を耳を閉じればこの世界は存在しないのか。死ねば世界はなくなるのではないか。そんなことは誰にも言えず、文字に残すこともなかったが、どうだろう。いま、文字にしている。わたしの当時の目に見えぬ不安を書き、ここにそれが文字としてある。この哀歓を掲句はたった一行で表現してくれている。川合さん、ありがとう。

川合大祐「スロー・リバー」あざみエージェントより
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川合大祐さんが2021年4月9日に第二句集を出します。書肆侃侃房さんより「リバー・ワールド」です。
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(了)

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