空區地車の力学 その63.安全の先に安心がある
大型の土木工事現場に行くと「共同企業体=JV(joint venture)」という看板を見かけます。JVとは、一つの工事を施工する際に複数の企業が共同で施工するための組織のこと。
この組織をまとめるのが現場監督です。
ちなみに現場監督が作業員の手伝いをすることはありません。手伝えば人工(にんく=1日仕事をした時にかかる人件費)が1人分浮きますが、それでも決して手を出さないのが原則。現場監督には現場監督の仕事があるからです。
現場監督の仕事とは、所属の違う会社から集まった多くの作業員を一つにまとめることで、工期通りに、確実な工事を行ない、そして何よりも事故のないように努めることです。
JVの親と呼ばれる企業から現場監督が選ばれ、親の企業の作業服を子に付いた企業は着ます。こうして指示系統が明確になり、一体感が生まれ、組織は一丸となれるのです。
地車は主さ4トン、ハンドルもブレーキもありません。祭り当日は総勢50~100人が地車を動かしたり、止めたり、四つ辻を曲がったり、時には最高速で飛ばしたりします。
ただ祭りが好きだ(中には目立ちたいだけという御仁もいる)というだけで集まった老若男女は、いわば所属会社の違う集合体であるJVの作業員。
その力をどのようにして一つにまとめ最大限の力を発揮させるか?
そのため地車には各パートに責任者がいます。
地車の先頭には指揮者がおり地車の進む方向を示す。地車の四隅に配置された4人の四隅責任者が指揮者の指示を理解し、地車に関わる若中に具体的な指示を出す。四隅責任者の下には若中頭、屋根頭、鳴り物頭などがリーダーとして付き、各パートに指示を出すのです。
その中でも、四隅責任者は地車を動かす上での実質的な現場監督です。
したがって四隅責任者が曳き手と一緒になって地車に触れるのはおかしいといえます。四隅責任者が曳き手に加われば、確かに一時的には推進力にはなりますが、本来の仕事を全うしていないと言えます。
では四隅責任者の仕事とは?そして四隅責任者を助ける曳き手は何をしなければならないのか?
これば難題であり、JVにおける現場監督の悩みもまた同様でしょう。
まずは相手を理解する。
助言者からのコミニケ―ションで大切なことは、相手に寄り添うことです。
例えば、地車に詳しい経験豊富な年配者(若中では”年寄り”と呼ぶ)が言えば、ちゃんと聞いてくれるのかというと現実はそうでもなく「他人には言われたくない」「年上だからといってそんな言い方をしなくても・・・」と相手が拒否することもままあります。
したがって、相手の立場を理解し、どんな言葉で、どういう場所で言うかが大切になります。
また、助言と思って言っても、違う受取り方をしたり、正しく理解されていないことも往々にしてあるものです。
地車の力学を理解していない!?
祭りや地車に対して相手がどのくらいの経験と知識を持っているかを助言者は正しく把握しなければならないでしょう。相手が”地車リテラシー”をどれほどもっているかを理解して話さないと、ただ単に暴れたい、楽しみたい、目立ちたいという若者には何を助言しても「???」となってしまうからです。
祭りは1年に2日間しかない。5年やっても10日間、10年やってもたった20日間しか地車に触れていないのです。
加えて「今年から始めます」「久方ぶりに参加します」という若者もいるわけですから、”地車リテラシー”ありきで話しても通じないのは当然。一から教えるというポジションに立ち、初めて参加の若者でもわかるレベル、用語で話さなければならないでしょう。
どうすれば曳き手が一体になれて最大限の力が発揮できるのか?
少しの力で地車を軌道修正するには?
前の曳き手と後ろの曳き手の役割は?
子供会の綱の役割は?
などを理解して曳くことで、いざという時に力を残しておけるし、己の身を守り、重大な事故を起こさない事にもつながります。
さらに祭りは神事であり、守るべきは伝統であることも理解してもらわねばならないのです。イベントではなく神事であるが、行動の境界線なのです。
若中に参加した以上知ってももらわなければならないことは伝えなければならないし、相手も助言者に対して聞く耳を持たなければならないのです。
また、聞くということを恥じてはならない。確かに尋ねる事は恥ずかしいし、自分の無知をさらすことにもなります。
しかし仮に「地車に詳しい人だ」と言われた人でも、1年に2日間しか地車に触れられないのです。にもかかわらず詳しいと自他ともに認められるのは”聞く”からに他なりません。
まさに、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥~Better to ask the way than go astray~です。
わからないことを聞くことが、己の身を守ることにつながるのです。そのためのベテラン”年寄り”と思い聞く耳を持つことが肝要です。
伝えるタイミングはいつ?
祭りの真っただ中で助言されても対応できないし、ミスしたことを大勢の前で言われると当事者はショックを受けるだけで、以後の安全につながるとはいえないでしょう。
助言者として「相手が今どんな状況なのか。伝えるタイミングはいつなのか」を考慮しなければなりません。
厄介なのは、好きで集まったにもかかわらず、聞く耳を持たない若者が実に多いことです。特に社会経験の少ない若者は、一人でいる時は素直でいい子ですが、集団になると流れに身を任してしまう、若者には若者の世界があるという世界観が祭りというテンションで開花してしまうのです。
一方、教えれる側も知らず知らずのうちに、自分の経験則を前提にして助言してしまうことも問題です。「これぐらい分らんか?知ってて当然だろ!?」などの心の叫びが言葉や表情に出てしまうと、受け手は敏感なのもで、途端に耳を遮断してしまうものです。
私が考えるに、最初に集まる若中会(たいていは4月第1週に開催)で「安全講習会」や「地車の力学講習会」を開くことをお勧めしたいものです。10~30分程度で、講師は年寄り(ベテラン若中)に任せればよいでしょう。こうすることでそもそも年寄りを「うざい」と距離を取っている若者との年齢差を越えたコミュニケーションが築けるはずです。
コロナ禍で祭りの中止が続いた今だからこそ必要ではないでしょうか。
ご安全に!
地車で事故に遭うと、その家族は「申し訳ありません」と謝る例が全国的にも多々見られます。事故に遭うとは、事故を起こすことであり、事故の大きさにより翌年の巡行が中止される場合もあります。こうして事故の被害者は加害者になってしまい、家族は「申し訳ありません」と謝罪することになるのです。
スポーツの世界では、指導者と選手が上下関係を結ぶのではなく、選手を中心として周辺に指導者や関係者がネットワークのように位置し、相互に影響を及ぼしながら成長していくというコーチングが主流になりつつあります。
地車は楽しさと危険が背中合わせです。若中の中での年寄りの役割を、年寄り一人ひとりが考え直さなければならない時に来ています。年寄りはオワコンではない!祭りにとっては必須アイテムなのです。
絶対ケガをしてはならない!
誰も喜ばない事故を未然に防ぐには、やれることをやっていくしかない!「ご安全に!」を合言葉に、一つずつクリアーしていく。そうすれば必ずその先に若中と若中を支える地域社会の安心が見えてくると思います。