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空區地車の力学

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意外と知られていない神戸のだんじり祭り。それは神戸の街の特長である「坂道」との闘いでもあった。強力伝の中に勇ましさもあり、曳く者に試練と共感を与え、見る者には「参加したい」という…
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#今シーズンの振り返り

空區地車の力学 1.はじまり、はじまり

私は神戸市東灘区で祀られる本住吉神社のだんじり祭り(例大祭)で、空區の地車を曳いています。祭りは1年に2日間しかないにも関わらず、体の中では一年中地車を曳いている”だんじりバカ”の一人です。 しかし、だんじりバカを自称しているものの、1年に2日間しか曳けないので、毎年思い出しながら曳いています。そこで自分のために地車の力学について残したいとこのブログを立ち上げました。 地車といっても、大阪湾を取り囲むように淡路島、神戸市、芦屋市、西宮市、尼崎市、大阪府と約1千台あるといわれ

空區地車の力学その71.プチっと音がした。

私は大学生のとき左膝靱帯断裂で約3ヶ月入院した。 左膝靱帯4本のうち3本を切り、繋ぎ合わせる大手術だった。その後、約9ヶ月間リハビリを続けたが、正座は今日に至るまで出来ないでいる。以降、左脚を庇う右脚に相当の負担をおかけしている。 結婚し、長女、次女を授かり、長女が高校生だった時、父兄リレーに駆り出された私は1回目の肉離れを経験した。右ふくらはぎだ。 プチっと音がした。 ただただ父としての役割を全うするため父兄リレーに出場して、1回目のプチっ!となった。 その後約1ヶ月間、「

空區地車の力学その70.もしかして地車はUFOか!? 本住吉神社はその交信基地か⁉

住吉の地車にとって本住吉神社は聖地。高校球児にとっての甲子園と同じ。 にもかかわらず、本住吉神社は震災で崩壊する前から、威厳や荘厳という言葉が全く似合わない普通の神社でもある。分家の弓弦羽神社(神社とは全く無関係の羽生結弦の聖地となっている)の方が余程雰囲気の中に佇んでいる。祭りの日は、タイムズ化した境内の車はすべて撤去され、替わりに屋台が軒を連れる。が、それにつけても荘厳さは全くない。 しかし、本住吉神社は神功皇后が三韓凱旋時に建立した歴史ある神社だ。当時は祠があった程度

空區地車の力学その69.空區の宮入りは神がかっている

かって空區の地車は住吉一の巨体だったが、最近は地車の巨大化が進み空區地車と肩を並べる地車も増えてきた。 そもそも地車は神社の所有物ではなく、氏子が作る氏子の所有物なので、地車小屋に入るギリギリの大きさにしたくなるのが人の性。 こうして大きくはしたものの、巨大ゆえに持て余すこともある。 例えば宮入り。 神殿の前まで進んだ地車の前を持ち上げ(前輪ウイリー状態)、3回上げ下げを繰り返し、そのまま前を持ち上げた状態で時計回りに回す。その間、前を下ろしてはならず上げたまま時間内可能な

空區地車の力学その68.地車は体格・実力主義!これは不公平ではない!!

5月5日の宮入りは1年に一度、運が良ければ神と出会える日。 しかし、この日は最も観客の多い日でもある。 したがって、不謹慎な若中は、観客に酔いしれ目立つことだけを考えてしまう。しかし、重さ4トンの地車の前を上げたまま、何十回となく落とさず回さなければならず、いくら不謹慎な若中とはいえ、否応なく汗だくになって必死で、担ぎ、回すしかない。 一日中曳いても塩を吹くこともなかった法被が、汗でぐしょぐしょ、ヨレヨレになる。宮入りが終われば見事に帳尻が合う汚れた法被となる。昼間サボった若

空區若中の力学その67.地車との物我一体(もつがいったい)化

地車を曳くのか? それとも、地車に曳かれるのか? これは若中にとって永遠のテーマだ。 地車を「曳いてる」若中は、基本的に汗は掻かないし、 掻いても観客がいる場所でしか掻かない。 空區のユニフォームは黒の法被だが、決して塩が吹いて白く浮き上がることはないし、夜になってもアイロンを当てた折り目がそのまま残っている。いつも辺りをキョロキョロ見まわし、知人を発見するや手を振ったりしている。いわゆる己の勇姿を見せたいだけの輩である。 片や、地車に「曳かれる」若中は、地車が身体の一部にな