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凛と咲く花であれ

この世の中、男性と女性のみにわけることはどうなのか…とは思うけれど、今回だけは便宜上、ご容赦ください。

今回は、同じ高校の後輩から相談されたことに答えます。
女の子は、容姿(若干、雰囲気)で差別を受けることが多いように感じます。
その中で、私は「可愛くない」に分類されがちな人生を送って来ました。
それでは、始めたいと思います。

最初の経験は、小学2年生。
幼馴染みと夏祭りに行って、クレープを買ったとき、お店のおじさんが幼馴染みに、
「可愛いからおまけ!」
って、イチゴをおまけした。
同じメニューを頼んだにもかかわらず、先にクレープをもらった私には、なかった。
え…っと思ったそのとき、隣の屋台のおばさんが飛び出して来て、私にだけ、
「このポテト、持って行きなさい!」
って差し出してくれた。
そう、おばさんの気遣いだ。
正直なところ、幼馴染みはポテトの方が羨ましそうだったけれど、、、これで、外見で差別されることがあるということを知った。

それから、たくさんそういうことがあった。
私の幼馴染みには、のちに芸能人になった子も何人か居て、お世辞抜きに可愛い子たちばかりだったこともあるけど、、、
転校したときなんて、露骨だった。
「もっと可愛い子がよかった」
「前の(転校していった)子は可愛かったのに」
などなど。
そんなことが続くと、自然と、「自分って可愛くないんだな」って思うようになるだろうけど、、、私にその思考は生まれなかった。

なぜなら「可愛い」っていわれている子たちより、幸せだったからだ。「可愛い」子たちはしのぎを削り合い、男の子たちや大人からのちやほや具合の差で、始終イライラしていた。他の子の悪口や嫌がらせ、、、その子たちは、ちっとも楽しそうじゃなかった。

そんなとき、図書館で好きな本をしこたま読み、放課に森に行って木の実や枝を拾って、校内の池や外の川で釣りをし、磁石で砂鉄を集め、泥団子をつくり、木に登って夏蜜柑や柿を捥ぎ取り、ゲームなどをしていた。
いつの間にか友だちが増えていた。もちろん、「可愛い」子たちも加わって遊んだ。
やりたいことをやった結果、好きな子たちに好かれることが多かったから、誰かよくわからない人たちに「可愛い」って言われることなんて、どうでもよかった。

中学生も、そのままそんな感じだった。


そんな私のまま、高校生になった。
突然、クラスに知らない先輩が入って来て、ぐるっと見回したあと、甲高い声で言った。

「このクラス、不細工しか居ないじゃん」

どうやら「可愛い」子たちだけスカウトするダンスサークルのようなものがあるらしい。
その言葉が響いた一瞬、空気が凍った。
目の前に居た子が、震えていたことを覚えている。


私はその先輩の横顔をじっと見ていた。

私が憧れていた先輩の、一輪でも凛と咲く花のような、うつくしさはなかった。
他校に進学した、剣道が強かったひとつ上の先輩。とてもやさしかった。本当に可愛かったのに、それを誇ることは一度もなかった。


それにしても。
「この人、ブスだなあ…」
その先輩のお顔、全く覚えていないけど。
貴女のことを知らない他人にそんなことを言ってしまえる性格が、それをいけないことだとわかっていない下品さが。
スクール・カースト?上位?から、マウントを取ることに慣れ切った姿は、例えるなら、腐りかけた食虫花のようだった。

虚栄心。他人の自尊心を傷つけてまで、満たすものではないと、私は思う。

本気でダンスをしたいなら、まず、ダンス部をつくろうとするはず。ましてや同じ市内に、ダンスの全国大会出場の常連校があるのだから、コーチのなり手は絶対にある。
ダンスをしたいと応募した子を断ったり、人数を増やすときも、選民のようなやり方をしていては、真剣にダンスに打ち込む子が居たとしても、その存在を歓迎することはできない。

私があの学校の教員だったら、あのダンスサークルをすべて吸収して、コーチを招聘し、入部条件なしのダンス部をつくる。


今でもあるらしいそのサークル。現役の子たちはどう感じているのだろう。
そこに所属している(いた)子たち、応援している子たちは、これを読んでも、「不細工の僻み」と思うかもしれない。そう思ったんだったら、もうちょっとしたらわかる。

「可愛い」と思うかどうかは、それぞれが心の中で思うことで、勝手に選んで、押しつけるものじゃないってこと。
宝石の原石のように、まだ気づかれていないけれど、魅力的なひとが居るってこと。
あと、踊り(ダンス)は、ひとを選ばないってこと。《日本舞踊の経験者より》


すれ違った他人の容姿をネタにしたり、点数をつけて見下したり、いいね!の数や「可愛い」と言われることにこだわる、"ルッキズムの権化"になってしまう前に。
時間を忘れて打ち込めることや、心の底から信頼できる好きなひとを、見つけよう。
その傷は癒える、と約束するよ。

あなた自身に価値がある、心からそう感じられる日が来ますように。