四分の一の一

 僕の小学校では十歳の記念に、将来の夢を発表する二分の一成人式が行われる。僕はお母さんを喜ばせたくて、頑張って準備をした。だけど、お母さんは仕事を休めずに来てはくれなかった。
「健太は何を発表したの?」
 その日の夜、優しく聞く母に僕はなんだかイライラして口を聞くことができなかった。
「お母さんが来なかったからいじけてるんだろ?」
 高二の孝一にひやかされて、中三の良恵にまで笑われた。高三の幸恵だけが僕に同情してくれて、
「健太、お母さんホントは健太の発表見たかったんだよ」と言ってくれた。 
お母さんは離婚したばかり、僕たち四人を育てるために、朝早くから宅配便の配達をやっている。米や水、重い荷物を運んで腰が痛いと言っては僕にマッサージを頼んでくる。洗濯物を取り込むのは良恵の担当。洗い物は幸恵。得意の手抜き料理も「みんなで食べればおいしいね」とお母さんは言う。
お母さんが大変な事はわかっている。
「健太、ホントに今日は行かれなくてごめんね」
 淋しそうな顔を見たくない。
「もういいよ。だけど今度何かあったら必ず来てね」
「うん、絶対参加するからね」
 お母さんはぎゅうっと僕を抱きしめてくれた。
 
「参った。良恵の高校と健太の中学の入学式が同じ日!」
 この年は幸恵の短大入学も重なってお母さんは大忙しだった。
「お母さん、健太の方に来てくれるよね?」
 僕にはずっと前からの約束がある。
「良恵の方だよ」
 特待生で入学する良恵は強気の態度だ。
「どうしよう。こんな時どこでもドアがあったらいいのにね」
 お母さんはピンチヒッターを朋おばさんにお願いした。
「都立高校と区立中学を同じ日にする?」
 お母さんは怒っているように見えた。
 満開の桜が風に流された入学式。良恵はにこやかに母と家を出た。僕は朋おばさんに付き添われて、トボトボと家を出た。
「お母さんはやっぱり良恵姉ちゃんの方に行ったな。特待生だし……」
 独り言が朋おばさんに届いてしまった。
「健ちゃん。お母さんは健ちゃんの入学式に出たいって言ったんだけど、おばちゃんが電車に乗って良恵ちゃんの方は行けないからって、お願いしたのよ」
「でも、二分の一成人式の時、今度は必ず来てくれるって約束したのに」
僕は不満だった。
「健ちゃん、中学生になるんだから、お母さんのこと四人の兄弟の中で一番守ってあげてよ。お昼頃にはお母さん帰ってくるはずよ」
 朋おばさんは学生服の背をポンと叩いた。
 式典が終わって家に帰った僕は、入学式の立て看板の前でお母さんと写真が撮りたいとまた中学校に向かった。お母さんは駅から僕の中学の前を通るかもしれない。通って欲しい。駅の方をじっと見つめていると、お母さんの姿が見えた。大きく手を振り近づいてくる。
「健太、待っててくれたの?」
 僕が頷くと、
「良恵、お母さんと健太の写真撮って」
 と良恵にカメラを渡した。
「学生服似合うじゃない」と良恵がシャッターを切る。
「健太、急に大人っぽくなるね。かっこいいよ。入学式出れなくてごめんね」
 お母さんは嬉しそうに僕を見つめた。
「別に大丈夫だよ」
 もう良恵の方に出席したことはどうでもいいように思った。
お母さんより少しだけ背が高くなった僕。お母さんと並んで家に帰る道。
「健太、中学校で勉強も、部活も頑張ってね。お母さん健太の一番の応援団だから……」
「うん」
「ねえ三人で、家まで手をつなごうよ」と僕の手に触れた。
「無理!」
 僕は恥ずかしくてお母さんの手を払って、
全速力で家に向かって走った。良恵もケラケラ笑って僕を追いかけてくる。
「待ってよ健太。健太が一番!」
 母の声が僕の背中に届いた。

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