ガタロという仕事

 じゃりン子チエに「ガタロの梅若」という猫が出てくる。あの作品に出てくる猫はヤクザか、マフィアか、よくてヤンキーなので、ガタロの梅若もそのどれかだっただろう。だろうというのはどういうキャラクターだったか覚えていないからだ。
 最近、開高健の「日本三文オペラ」を読んでいるのだが、ここでもガタロというルビで川太郎なる存在が出てきた。だが【全国の都会のめぼしい川には“川太郎”と呼ばれる食いつめものたちが腰まで泥に浸って鉄屑を探しまわった】という程度で、詳しい説明はない。ルンペンの類なことはなんとなく察せられたが、その内容がピンとこない。

 なので「ガタロ」でGoogle検索をしてみた。ずーーーーーーーーーーっと、一つのことしか出てこない。どうにも画家のペンネームらしく、その方は「カッパを意味する河太郎からとった」らしい。
 それはいいとしても、私の知りたい、おそらく日本がまだ危うい時代に存在した、謎の職業のことについては触れられていない。いくらか検索ワードを追加して、有用なブログにヒットした。

 川に入って鉄くずをさらう人のことらしい。関東では「ヨナゲ屋」と呼ぶのだとか。リンク先のブログではなかなか衝撃的な話も載っていた。

 しかし本当に今の日本では信じられないことだ。倫理とか道徳とかが欠如しながらも、生命力は逞しい。私がガタロをしなければならなくなったら、20分で自殺方法を考えるだろう。
 この時代の猥雑さと生命力と、裏腹に吹けば飛ぶような命の軽さは、エンタメとしてはとても面白い。時代劇などではほとんど描写されることがないが、こういう人もたくさん居たのだろう。
 平成も終わろうというのに、いまだ昭和初期の空気をどこかから摂取しようとしている。自分にとってなぜそれが魅力的なのか、今でもよく分からない。