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シュガータイム/小川洋子


まず初めに。これ読み始めたのいつやったっけ、、去年、の、春、、いや遅いわ。しかも去年の11月にここで「今年中に読み切る」って言ってる。いや遅すぎるわ。


三週間ほど前から、わたしは奇妙な日記をつけ始めた。


過食症、とはまた違って「食べ物を口に運ぶこと」に取り憑かれている女子大生のお話。もうこの時点で、食というか食べるという行為に対して関心が薄いわたしにとってはあまりにも惹かれない内容でね。好きな食べ物はもちろんある。チョコレートとオムライス、最近社員食堂の梅昆布うどんも好き。お腹すいたなぁって感じたら食べるけど、そう感じないと食べない。朝:食べない、お昼:お腹すいてたら食べる、夜:出てくるから食べる(1人なら食べない) って感じ。


少しネタバレを含みますのでこれから読もうとしている方はこれ以上読むことはオススメしません。


これが物語の主人公、かおる が一日に食べる量ね。この異常な食欲に読むたび気分が悪くなった(ていうか読み始めたとき1回だけ吐きそうになった)。まずこの一行目の"フレンチトースト四切れ(シナモンをかけすぎた)"っていうの、この時点で うわぁ、だ。でもだんだんと、気付いたら小川さんが表す食べ物に引き込まれていった。かおるにとってはこの食べ物がどれだけ魅力的に見えていたのか、ノートの中のドーナツという文字は、鮮やかで生々しく刺激的だった。文字を見ていると、表面が油でしっとりと潤んでいる様子、指先についてくる粉砂糖の感触、生地の空気穴の繊細な模様などを、はっきりと思い描くことができた。すごいな、めっちゃドーナツ。


女子大生という時間をわたしは過ごしたことがなくて、専門に通っていた2年間は突風のように過ぎ去っていったから、こんなにも透明で憂鬱で、ゆったりとした時間を過ごしているかおるに、いいなぁなんて思ってしまった。
キラキラとした眩しい青春ではなくて、浮遊感のあるふわりとした青春。

そんな中にある人間の残酷さがわたしには寂しくて哀しかった。

登場人物の設定が特異だったのがそう感じさせたと同時に、その特異さにわたしはどんどん惹かれてった。
主人公かおるの異常な食欲、成長がとまってしまった弟の航平、不能だと言われる恋人吉田さん。特に吉田さんに関してはすごく惹かれるものがあった。
そんな吉田さんとかおるの夜、わたしたちにとって大切なのは、二人が同じ夜の中で眠ることだ。/ どんなに疲れて深く眠っていても、隣に吉田さんがいてくれる時は、眠りの世界の色を鮮やかに感じ取ることができる。この二人だけの時間がわたしは好きだった。二人が溶け合うような静かで穏やかな不思議な時間。お話の中で吉田さん(とかおる)が精神科医からのカウンセリングを受けるシーンがあるのだけど、わたしからすればその精神科医のほうが異常だった。(他の人の感想とかみると吉田さんに腹を立てている人も多かった)

それに残酷さの中にある美しさはどれも繊細な表現が使われていて綺麗だった。ゆっくりとした航平のまばたきや地面につかずぶらぶらとした足、吉田さんとの静かな恋愛は安らぎがあった。航平のそのゆっくりとした美しいまばたきなんかには、わたしもまばたき一つでキュウと心を締め付けるような人になりたいと思ってしまった。

吉田さんとすれ違って会わない時間も、ただひたすらに電話を待ち続けたかおるも、ガラスの美術館での出来事も、最後まで乱れのないきちんと書かれた長い手紙も、そしてそこに綴られていた「僕たちはお互いに、含まれあっているのです。」という言葉も。恋人でもない他の女の人を連れてソ連留学に行くだなんて。それでもかおるがそれを静かに受け入れたように、吉田さんらしい伝え方だなぁって。「どうかむやみに傷つかないでほしい。」最初と、最後にも繰り返されるこの言葉に何故だか安心感があった。


「こんなふうにして、いろいろなことが終わっていくのね」

「わたしたちのシュガータイムにも、終わりがあるっていうことね」

「砂糖菓子みたいにもろいから余計にいとおしくて、でも独り占めにしすぎると胸が苦しくなるの。わたしたちが一緒に過ごした時間って、そういう種類のものじゃないかなぁ」


熱したチョコレートよりもドロドロでうんと甘い時間をわたしは知っている。でもそれは脆くなんかはなくて終わりがないように溶け続けている。胸が苦しくなっても独り占めしていたいと思うそんな時間も、シュガータイムなのかな。終わらせたくなんてないから、わたしを夜に閉じ込めてほしい、と思う。


ゆっくりとした静かな時間で、空腹じゃなくて心を満たす食事がしたいな。パウンドケーキも作ってみたい、作らんけど。あとオーロラが見たい。


オワリ。