ホスト狂い女根建太一

 人通りのない夜道を歩く者が一人。
 女根建太一である。
 彼女は空を見上げた。
 ロマンチックな星空とは程遠い、真っ黒で無機質な夜空が広がっていた。いや、広がっていたというよりは、ただそこにあったと表現する方が相応しいかもしれない。
 いずれにせよ、見た者に希望やときめきをもたらす類の空でないことは確かである。
 どうやら星を見るには、東京は明るすぎるらしい。

 女根建太一は現在23歳。
 就職を機に田舎から上京してきた。
 彼女には1000万円近くの借金がある。ホストにハマり通い続けているうちに闇金から金を借りるようになり、いつの間にか借金額が膨らんでしまっていた。

 彼女がホストにハマっていった理由、それは孤独心からくるものだった。

 上京して生まれ故郷を離れた女根建は、田舎と都会の文化や人間性の違いから、心を開くことのできる友達や恋人ができず、常に孤独を感じていた。
 趣味もなく自宅と職場の往復を繰り返す日々。心配をかけたくまいと、家族に正直な思いを打ち明けることも避けていた。
 そんな女根建にとって何より気がかりだったのが、上京する際に故郷に置いてきた恋人の存在だった。

 恋人は決して男らしいといえる男性ではなかった。
 優柔不断で気弱でオドオドしていることが多かった。
 女根建が上京することを伝え一緒に来るか迫ったときも、彼は中々決断することができなかった。
 結局痺れを切らした女根建が彼を置いて、独り東京に越してくる形となった。
 しかしそんな恋人の存在が彼女の心に平穏をもたらしていたのも事実である。
 彼と別れた女根建は抜け殻のようになってしまった。

 そんな中、息抜きにと職場の先輩から誘われてホストクラブに初めてくり出した。
 来店したときにたくさんのホストが出迎えてくれ、シャンパンを注文したときには店内のホストが自分の元へ「ありがとうございます!」と挨拶に来る。
 女根建は、これらの特別な体験が自らを孤独から救ってくれると思った。必要とされていると感じた。
 それ以来、彼女はホストクラブに入り浸るようになった。
 そしてホストクラブで大金をはたくうちに、とても会社の給料で賄うことができなくなった。
 しかしホストに通うことはやめられない。
 消費者金融や闇金から金を借り続け、今度は借りた金の利子すら返済することができない。
 借金返済のため女根建は、闇金業者の斡旋で身体を売ることとなった。

 最初に紹介された仕事はAVの出演だった。
 女根建はAV女優なんてセックスしていればいいだけの、この世で一番楽な職業だと思っていた。
 しかしその考えは幼稚だった。
 現実は違った。
 痛み、羞恥、屈辱、不安、恐怖、否定、背徳…そして快感。
 あらゆる感情の波が一度に押し寄せてきて、彼女をぐちゃぐちゃにした。
 その後も彼女は会社で働きながら、夜はAVの撮影や風俗営業を続けた。

 女根建の身体と心は次第にすり減っていった。
 自宅の姿見には、すっかり変わってしまった自分が映っていた。
 身体は以前より痩せ細り、目の下にはクマができている。
 十分な食事や睡眠を摂る余裕がないため当然である。
 もう今までの自分はいないのだと、鏡を見るたびに女根建は諦めた表情を浮かべるのだった。

 上京してからの自分を顧みながら、女根建は夜道をトボトボと歩く。
 明日は仕事もないが、休み明けからは仕事、終業後にまた身体を売る生活が始まる。
 「…やってみろよ」
 彼女が呟いた。
 それは彼女をこの状況に追いやった人間たちへの言葉でもあり、また自分自身を奮い立たせるおまじないでもあった。

 すると突然、
 「女根建ちゃん!」
と呼ぶ声が聞こえた。
 振り返るとそこには、上京時に別れてきたはずの恋人が立っていた。
 息を切らしている。どうやら走ってきたらしい。

 「俺、やっぱり女根建ちゃんが忘れられない!
俺には女根建ちゃんが必要だ!」
と叫ぶ彼。
 嬉しかった。でも遅かった。汚れきった私に、彼の恋人になる資格はない。
 「もう遅いって!
私のことは忘れてお前は故郷に帰れって!」
 本心を押し殺し彼を突き放す。

 それでも彼は諦めず、
 「女根建ちゃん困ってるんだろ?俺、分かるよ」
と言ってくる。
 「なぁ〜知らないじゃん!お前みたいな気弱な男が生意気言うなって!」
と女根建。
 苦しい。本当のことを打ち明けてしまいたい。

 「目の下にクマができてるよ。最近眠れてないんだろ?力になるから言ってくれよ!」
と彼。
 女根建は
 「めっちゃ見てんじゃん。そうだよ!眠れてねえよ。でもそれは仕事が忙しいからだよ。それになんたって私、ショートスリーパー美神だし!」
などと強がりの冗談を言ってみせる。

 すると
 「バカヤロウ!」
と彼が叫ぶ。彼の怒号を聞いたのが初めてだった女根建は思わずたじろぐ。
 「なんで自分を大切にしないんだよ!
たしかに俺が頼りなかったのも悪かったよ。
でも俺変わるから!男らしくなるから!
だから女根建も本当のこと言ってくれよ!」
と彼は続ける。

 魂の叫びを聞いた女根建は逡巡したが、彼に本当のことを打ち明ける。借金のこと、身体を売っていること。
 完全に嫌われたと思った。もう彼と関わることができないと確信したそのとき、彼が口を開いた。
 「結婚しよう。」

 「え…」
 予想外の言葉に女根建は驚く。
 「なぁ〜いねぇって!
ホスト狂いなうえにAVや風俗で借金返そうとしてる女にプロポーズするやつ!
やってみろよ!」
 また彼を突き放そうとする。
 「ああやってみせるよ。俺は本気だ。
借金なんて2人で返していけばいい。これからは女根建と一緒に助け合って生きてくんだ。」
と彼は言う。
 そこにはもう以前の気弱な彼の姿はなかった。
 いつの間にか呼び方も、女根建ちゃんから呼び捨てに変わっている。
 彼の揺るぎない決意を聞いた女根建は涙声で
 「全員バカじゃん、登場人物」
と言って、プロポーズを受け入れる。

 彼は雨の日に見つけた捨て猫を温かく包み込むように、女根建を優しく抱きしめる。
 すると向こうから一筋の光が差し込んでくる。
 夜明けだ。太陽が新たな1日の始まりを告げようとしているのだ。
 辺り一面を照らすそのたくましい光は、夜だけでなく女根建の心の中の闇も切り裂いた。
 それは“美しい”という陳腐な形容詞で表しきれるものではなかった。
 目の前の光景に見惚れしばらく沈黙していた二人は、やがて声を揃える。
 「…絶景じゃん」

 タイミングよく現れたその一筋の光は、二人の愛を祝福しているように見えたし、一組のカップル誕生の瞬間を見に来た単なる野次馬のようにも見えるのであった。


※ショートスリーパー美神
 •••以前シューターとの対決で根建さんが使用していた、ゴーストスイーパー美神をもじったラジオネーム(聞き間違いじゃなければ)

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