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コンビに

①山口歩夢 22歳
②葉山美里 24歳

夜明けの少し前。僕が深い眠りにつこうとして、ふとんに入る時。ドアの音が鳴る。
「アイス、食べたくなっちゃった。今からコンビニ行くけど、なんかほしいものある?」
美里さんは、いつもそうやって聞く。
「ないですけど、一緒に行きます」
「…ごめんね」
僕は、鍵と財布だけを持って家を出た。

「1週間ぐらいしたら、お腹減らして帰ってくるかと思ってたんだけどね」
ノーメイクで、メガネ姿の美里さんが髪を捻りながら言った。
「そうですか」
「男って、1週間外で野宿できるの?」
「…僕は無理です」
言葉に詰まりながら、僕は言う。
「そうだよね。ほんとに…家もないのにどこをほっつき歩いてるんだか…」
美里さんは、小さな笑みを見せた。そして、息を呑んだ。
この時、僕は彼女の悲しさを全て理解することはできないんだと思った。
どれだけ話したって、どれだけ時間をかけたって
僕らは2人で、1つじゃないから。

僕が美里さんに出会ったのは、1週間前、団地の駐車場だった。
その日、雪見だいふくが異常に食べたくなって僕は家を出た。午前3時を回る少し前だった。
美里さんは、駐車場で子猫のように泣いていた。この人を放ってはおけない。彼女の背中の小ささは、自然と僕にそう思わせた。
「コンビニに、アイス買いに行きませんか?」
それが、僕が絞り出した最大の優しさだった。
彼女は、笑ってくれた。
それから毎日、彼女は僕をコンビニに誘った。

「パチンコ負けたら、殴ってくるんだよ」
「料理が口合わなかったら、お皿投げるんだよ」
「浮気すんなとかゆうくせに、浮気して家出ていくんだよ」
美里さんは、落ちている石ころを蹴りながら言う。
僕には、それが悪口には聞こえなかった。
石は転がって、道溝に落ちた。

「もう、いいんじゃないですか」
「何が?」
「…忘れても」
僕が振り絞った、最大の勇気だった。
「でももう、私を好きになってくれる人がいないもん」 
「いますよ。絶対」

「僕がそうですから」
 とは言えなかった。

「じゃあ、何かある?私のいいとこ」
そう言われて、僕は、言葉が見つからなかった。 
彼女の美しさを、ちゃんと伝えられなかった。
「ほらね」
「ち、違う!」
僕は慌てて否定する。言葉の不便さを恨んだ。

「うそうそ。ありがと。その言葉だけで私は嬉しい」

少し前をいく彼女は、振り返り僕と向かい合った。
彼女は足を振り上げて、何かを蹴った。
僕の足に、何かが当たる。
石ころだった。

「はい!君、鬼!」
「え?」
「コンビニに着くまでに私に当てないと、アイス奢りだから!!」
彼女は姿が遠くなっていく。
僕は気づいた。この時間が、何より尊いものだと。
足元を見る。小さな石ころだった。
「せっこいなぁ」
僕は蹴り上げる。
石ころが、コロコロ転がった。

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