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朝食に卵をそえて

ぼくは熱したフライパンに卵を割った。
黄身がふたつ出た。やった、あたりだ。
ひとつを自分で食べて、もうひとつはあとで食べる娘のために皿に載せ、家を出た。
本当なら小さな娘をひとりで置いておくのは心配だが、働かざるもの食うべからず。しかたがない。

わたしは玄関が閉まる音で目が覚めた。
眠い目をこすりながらダイニングに向かう。
パパはもう出かけたあとなのだろう。上のほうから焼けたトーストのいいにおいがする。よし。わたしは力をこめ、テーブルのイスによじ登った。
テーブルにはいつものバターを塗ったトーストと、いつもはないはずの小さな目玉焼きが置いてあった。
あら、今朝はごちそうね。わたしは思った。
わたしは手で目玉焼きをトーストに載せた。指でつっついて黄身を破ると、そこにテーブルの上の醤油差しをつかんでちょっとだけかけた。つっついた指についた黄身をベロでなめた。はしたないかしら。パパの顔が頭に浮かんだ。
パパはいっつも、ぜったいにお外に出ちゃダメっていうのよね。わたしいったい、いつになったらお外に出られるのかしら。
わたしが目玉焼きトーストを食べていると玄関をだれかがたたく音が聞こえた。
パパには、だれが来ても開けないように言われている。わたしは聞こえないふりをした。
ドアを叩く音がさらに大きくなった。やみそうにない。なにか声も聞こえてくる。
ドアを叩く音が変わった。きしんでいる。ドアはむりやり開けられた。
入ってきたのはおまわりさんと、知らない男の人だった。彼らはわたしの手を取って連れて行こうとした。わたしはがんばってふんばったが、結局家から連れ出された。出た先にはテレビのカメラが待っていた。

仕事先の事務所のテレビから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。そっちを見ると、テレビのそばの席の事務員さんと目が合った。テレビでは、自宅にいるはずのぼくの娘がインタビューを受けている。実は彼女はぼくの本当の娘じゃない。画面の娘は、本当の父親らしき男に寄り添われて不機嫌そうな顔をしていた。
「あれ?パパは?パパはどこ?パパ、たすけて!」
彼女は大声で繰り返した。ぼくを探しているようだ。ぼくはテレビにかけよった。テレビの中の彼女をなでる。ここ、ここ、パパはここだよ。
「この女の子、お知り合いですか?」
事務員さんの問いに生返事で答え、ぼくは踵を返した。
ついに見つかった。くそう、逃げなきゃ。二個目玉は幸運の印だと思ったのに。フロアを走り抜け階段を駆け下りると、ぼくは会社を飛び出した。
彼女を連れ去ってから二年と十三日目の出来事だった。

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