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熱視線

ぼくは映画館で映画を見ていた。ストーリーは単純だった。よくある学園もののラブコメだ。見ているうちに主役である女の子の、クラスメイトと目が合った。それなりにかわいいが、主人公には及ばない。その子が、ちらちらとこっちを見ているような気がする。いや、脇役だからアップにこそならないが、うつっているすべてのシーンでこちらを見ているようだ。
面白い手法だな。映画の中の人がこっちを見てくるのか。でもそんな演出、普通主役級の登場人物にやらせるよな。あんな脇役にやらせて、意味あるのだろうか。いや、そうか、あの役が今から特別な意味を持つんだな。なるほど。このあとどうなるんだろう。彼女はなにかを合図するように目配せした。あれはぼくに恋する目だ。そうに違いない。自分の鼓動が速くなっているのに気づいた。ぼくは彼女のことが好きになりかけていた。

ぼくの期待に反し、その役の女優は、最後まで本筋にからまず、目立たないままで映画はエンドロールを迎えた。
ぼくはなんとなく釈然としないままだった。
彼女があんなに魅力的なんだからもっと大きな役にしてあげればいいのに。どうせ映画の内容なんてたいしたことないんだから。とっくにぼくは彼女にのぼせていた。

一週間後のニュースは、あの映画が予想外に大ヒットしていると告げた。映画評は散々だったが彼女目当てのリピーターが続出したのだ。
映画についてのネットでの書き込みでは、例の女優に恋をしたという男性のコメントが大多数を占めた。そりゃそうだろう。あんな目で見つめられたら、好きにならない男はいない。

ニ週間後、彼女のファンクラブができた。もちろんぼくも入った。
三週間後、テレビで彼女の特集が組まれた。ぼくは永久保存版として録画した。
一ヶ月後。出た映画のソフトは爆発的に売れた。ぼくも買った。これでいつでも彼女に会える。

さらにその一週間後、ぼくはテレビの前でうなだれていた。ニュースは、彼女とあの映画のカメラマンの熱愛を伝えていた。
テレビ画面にはマイクを突きつけられた彼女がうつっていた。
「映画の撮影中に、彼のカメラに向かってアプローチしたんです」
ぼくは、映画の中の彼女が魅力的だった理由が、やっと理解できた。

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