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機種変更

彼氏に振られた。わたしは昨日の夜から今朝までベッドで泣いて過ごした。
泣きはらした目で左腕の内側を見る。そこにはスマートホンがある。スマホの時刻が正午を示していた。わたしは睡眠不足でうまく働かない頭で、このスマートホンのことを考えていた。
スマホは、腕に取り付けられているんじゃない。腕の中に取り付けてある。その部分だけ透き通った腕の、外側から画面を見たり操作することができるようになっている。
スマホは持ち歩くタイプに始まり、腕時計タイプを経由、この生体埋め込みタイプは、ウェアラブル(身に付ける)端末の最終形と呼ばれていた。もちろん左右、どちらの腕でも、足やお腹にだって埋め込むことができる。
このスマホは、昨日振られた彼氏と付き合いはじめたとき、記念にお揃いで購入した。
スマホショップのカウンターで、ふたりで小さなカプセルを、せえので一緒に飲んだ。五分ほどで表示がイラストタイプの、かわいいスマホが腕に浮かび上がった。わたしと彼は顔を見合わせてニマニマ笑った。それ以降、このスマホはわたしのお気に入りだった。
腕のスマートホンを見つめると、わたしの目からまた涙がこぼれてきた。
「よし、替えよう」
わたしは勢いをつけベッドから立ち上がった。

一時間後、わたしはスマホショップにいた。手の空いた女性の店員さんに声をかける。
「機種変更をお願いします」
店員さんは愛想よく笑いながら対応してくれた。
「次の機種はお決まりですか?」
わたしはパンフレットの中からひとつの写真を指さした。
「これでお願いします」
店員さんがパンフレットの写真を確認した。
「ええと、在庫はありますので。ではこちらを飲んで、トイレの前でしばらくお待ちください」
紙コップと錠剤を手渡された。わたしは立ったまま、手渡された「下剤」と呼ばれるデータ移行用の錠剤を紙コップの水で流し込む。これで今腕に付いているスマホが消化され、データは一旦錠剤に記録される。新しいスマホを受け入れる準備ができるのだ。わたしはトイレの前に準備されたイスに座って、もよおすのを待っていた。

あら、ずいぶん前に受付した女の子。もう二時間待ってるわ。そうか、出ないのね。よくあることだわ。
わたしは、トイレの前のイスに座る女の子に声を掛けた。
「あら、お客さん、重症の便秘ですね。よくいるんですよ、便秘のかた。スマホの中の思い出が消化できてないんじゃないんですかね。え?なに?昨日振られた?それで彼氏のメアドや電話番号は?ああ、残ってると。きっとそれですね原因は。体が削除を嫌がるんですよ。なにぶん、スマホは体とつながってるんで」
わたしの言葉で、女の子は悲しそうとも怒っているとも取れる表情になった。
あれ?そう言えば。
わたしは女の子と手続きについて話しながら、気づかれないようにタブレット型の端末を操作した。
やっぱり。今日の午前中、女の子と同じ機種からの機種変で、女の子と同世代の男の子が来てたと思ったけど、その通りだったわ。
「今日はおうちに帰ってゆっくりしてください。で、彼のことがスッキリしたら、明日以降にまた来てみてくださいね」
わたしは笑顔で女の子に告げた。端末上では、男の子のほうも下剤が効かず、機種変更は保留になっていた。

わたしは結局機種変更出来ずに、そのまま家路についた。
なんなんだ。せっかく機種交換して、踏ん切ろうと思ったのに。わたしは怒りながら歩いていた。歩いているうちに涙が出てきた。
スマホが鳴った。
あわててスマホの画面を確認する。画面には彼氏の名前が表示されていた。なんでかけてきたんだろう。
スマホは鳴り続けていた。ためらったが、わたしの人差し指は、愛おしそうに着信ボタンを押した。

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