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銀杏通り⑤

画材屋に入りしばらく誰かの画集をみていた。ゴヤの絵のように夥しい絵の具が血としてつかわれているそれはみているものに吐き気を催させた。すくなくとも僕にとっては。

ーいらっしゃい、なにかほしい絵でもあるの?

ーいえ、なにか絵をみていたくて

そう答えると店主と思われる人物はにっこりとした表情を浮かべた。どうやら気さくな人物のようだ。僕は、この絵がなぜ張られているのか聞きたかったがやめた。なにか隠された理由でもあるのかもしれないと思ったからだ。店の外ではしゃいでいると思われる学生の声が聞こえた。バスが二台通りすぎる音も聞こえた。僕は店内を一通りめぐることにした。店内を美術館のようにめぐっている。成程美術館と形容した通り店内にはいろいろな絵が飾られていた。ハゲワシに肉を喰われている少年をモデルとした絵には少しどきりとしたが、たいていは植物の絵だったり美少女をモティーフとした絵だったりと平和な印象だ。一通り見終わると僕は何も買わないのも変なのでチューブ入りの絵の具を一式買っていくことにした。2年前ここに来た時のことは憶えていないままだ。

ーあの、二年前にここにきたことがあるんですけど

ーへえ、二年前に 何か買ったのかい?

店主の疑問には僕は答えることができなかった。2年前僕はここに何しに来たのだろう。まるで失われた砂漠を求め旅する旅人のように虚無感を埋めに来たとでもいうのだろうか。僕はあまり絵が得意ではない。だからこの店に来た理由もなにを買ったのかもまるで重いだせなかった。あるのはただ、空虚な砂漠のみだった。ひとしきり礼をいうと僕は店を出た。店を出た瞬間ぼくが群衆の中に、雑踏の中にただの物質として紛れ込んでいた。僕は廊下に差し込む光のように意味のない人間だった。