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「普通A」を「普通B」で否定することで「普通のアップデート」ができるヤツ

 現在、アニメ「ハイキュー!!」のシーズン1~4をリピート再生中。ジャンプ系のアニメの特徴は今や複数の作品に見て取れる。この「ハイキュー!!」もその特徴を宿している。

 その特徴とは、「主人公が他の登場人物よりも能力的にシンプルで劣る」というもの。例えば、スラムダンクで言えば桜木花道、HUNTER×HUNTERで言えばゴン・フリークス、鬼滅の刃で言えば竈門炭治郎(かまどたんじろう)、そして、ハイキュー!!で言えば日向翔陽(ひなたしょうよう)。

 知っている人は知っているだろうけれども、簡単に説明すると、桜木花道はバスケットボール初心者スタート。強化系の念能力の性質を持つゴン・フリークスの必殺技「じゃんけんグー」は右拳に念を集中させて破壊力を爆発的に高めたパンチ、これだけ。竈門炭治郎は水の型だけ。日向翔陽は、スピードとジャンプ力は他に引けを取らないレベルのミドルブロッカーだがバレー選手としては「身長が引くい」というハンデがある。これを補うが故のスピードとジャンプ力と言っていい。

 自分に在って他者にないもの、他者に在って自分にないもの、そういう意味の人との違いは誰にだってある。持っているものと持っていないもの、経験したことがあることと経験したことがないこと、見たことがあるものと見たことがないもの、感じたことがあることと感じたことがないこと、考えたことがあることと考えたことがないこと、これら全ての集合体が所謂「人の生き様」だったりする。

 よく、自分と他人を比較することに意味はない、という言葉を聴くことがあるけれども、これには若干の異論がある。なぜなら、人は誰しも、他人Aと他人Bを比較するし、同時に自分もその比較対象にして見たり考えたりしているからだ。これは紛れもない事実。なぜそうまで断言できるのかと言えば、「評価」という概念が人間社会には蔓延っているからだ。

 こういう言い方をすると「評価すること」が悪いことのように響いてしまうかもしれないがそうではない。比較するもされるも、評価するもされるも、人が本来自由に、そして無意識にすることだから、特別不思議なことでもない。比較も評価もしたりされたりしてるんだよね、誰だって。それはみんなに共通することだ。

 ただ、唯一大きな違いがあるとするならば、比較した結果、評価した結果、そのあとのマインドが人によって全く異なるということ。

 どちらかというと、人の良い部分よりも、人の悪い部分のほうが目に付きやすいし、噂にもなりやすい。人の悪い部分ばかりに意識が集中してしまいがちな人は、これがそっくりそのまま相手に対する見方が色眼鏡を介して見るようになるため、一層相手の良い部分が見えにくくなる傾向にある。

 ここでハイキュー!!の主人公「日向翔陽」の登場。彼のキャラクターは、「思ったことをそのまま口に出す」という破天荒な一面があるものの、決して周囲が見せる一方通行なものの見方をすることがないし、「なんで?」と否定から入る。そして、その否定の直後には必ず「認める」という切り返し、最後に「称賛すべきところは称賛する」というシンプルな見解の示し方が日向翔陽の特徴だとボクは思う。

 でも、否定から入るわけだから誰かの感情を刺激し言い合いになるケースも多々見られるため、口喧嘩になることもしばしば。それでも彼はこれを「普通のことだ」と言う。逆に、「意見の衝突を避けるために思ったことを言わないことのほうがおかしい」と暗に示しているようにも見て取れる。

 さらに、彼の相棒であるセッターの影山飛雄は、シーズン4で全日本ユースの合宿から帰ってきてこう言った。「オレは、人の気持ちがわからない。」と。つまり、仲間の動きは観察できても、その時々の気持ちまではわからないということ。そう、特に、バレーで敵を前にして考えることと言えば戦術が最優先。メンバーひとりひとりの気持ちまで考える余裕などきっとないのかもしれない。そもそも、人の気持ちがわかることのほうが恐ろしいことでもあるのだということが伝わってくる。

 日向と影山の個性は全く異なるものだけれども、「思ったことを口に出す」という点においては共通項であり、だからこそよく喧嘩もするが、プレイ中の連携も「変人速攻」と言わしめるほど噛み合うようになっていく。彼らにとって喧嘩をするのが普通なら、気持ちを察することよりも口に出して一頻言い合うほうが理解に至るまでが圧倒的に早いからこそ、意見が食い違っても噛み合うまでの時間が短縮されるのだろう。

 セッターの影山が中学時代、敵チームのマッチポイントという場面で、トスを上げた先にアタックを打ってくれるはずの仲間がいなかったという過去を、日向がアップデートするのである。場を仕切ろうとする影山を知る元チームメイトが付けたあだ名「コート上の王様」、日向はこれを影山の個性として「いいじゃん別に、コート上の王様、っていうかむしろカッケーし。」という一言で認めたのである。その瞬間から周りの見方も一瞬にしてアップデートされ、影山は吹っ切れた。

 「認める」ということは、人間に必要とされるあらゆる力の中でも最も大切にすべき力の一つではなかろうか、ハイキュー!!を見ていてそんなふうに思った。つまり、【認める力】は【これまでの常識や概念やあらゆる違いへの認識】をアップデートするための力だと捉えることができる。例えどんなに口喧嘩しようと、ツベコベグチグチ言うよりもスパッと認めてしまったほうが、相手との距離感はグッと縮まるし、噛み合うまでの時間も単純にカットできる。凄い力だなと、ハイキュー!!を観て日向から学ぶに至った。

 久々のクリーンヒット。こんなにスッと引き込まれるアニメはなかなかない。

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