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ハンニバル限界オタク慟哭の手記~全人類レクター博士の夢女~

 君はハンニバル・レクターを知っているか?

 言わずと知れた殺人鬼キャラクターの金字塔、カニバリズムといえばこの人。いやもう知らないとか無理なんじゃないかな?知らないでいることのほうが難しいと思う。逆に知らないほうが幸運。これから原作とか映像で知れるから。

 で、このキャラクターが死ぬほど魅力的であるということもまた周知の事実だが、そのせいであらゆる映像化されたハンニバル系列の作品が、それぞれの監督による「俺が恋したレクター博士」になってしまっている問題はかなり根深いとわたしは感じている。そもそも原作者もその境地になってしまっていると思うのでもう無理。誰も逃れられないのだ。

 そのせいで俺たち限界オタクはあれこれモヤモヤした「この映画はここはいいけどここがな……」「原作のこのキャラの描写が……」という思いに頭を抱える羽目になる。

※ここから先はネタバレが大量にありますので怒らない人だけ読んでください。


 話を整理すると、まず原作者トマス・ハリス作品でハンニバル・レクター博士が出てくるものは4作品。『レッド・ドラゴン』『羊たちの沈黙』『ハンニバル』『ハンニバル・ライジング』だ。映像化作品は映画が5本とドラマが1本で有名なものばかり。

 まず原作は最高なのでおすすめだけはさせてもらいたい。先に映像見てる人だとより楽しめること請け合いだし映像になってない箇所が大量なので、特にドラマが好きな人は『レッド・ドラゴン』から通して読むと、ウィル・グレアムVSダラハイドのあたりの本なので「あっこの名前聞いたことあるぞ」とか「これをドラマであそこまで膨らませたのか……」って感じられて楽しいと思う。原作は、最高なのだ。

 なお、原作も徐々に夢傾向が凄まじくなっていくようで、『ハンニバル』あたりだとかなり博士が美しいし、『ハンニバル・ライジング』に至ってはマジで神小説書きが出した幼少期捏造二次創作本かな?(内容は最高ではあるけど)って感じになってしまう。なおライジングは諸事情により日本人以外のほうが確実に楽しめる仕様だが、これは後述する。

 映像作品の話。元々原作で一番最初に執筆されたのは『レッド・ドラゴン』で、この作品だけ1986年と2002年の二度映画化されている。

 一度目の映画『レッド・ドラゴン/レクター博士の沈黙』(1986年)は、映画版『羊たちの沈黙』より製作も公開も数年早かったせいか、イマイチ個人的にはデキが微妙な気がする。(羊沈は原作が1988年、映画は1991年公開)

 レクター博士がアンソニー・ホプキンスではないのはいいとしても、レッド・ドラゴンのビジュアルがなんていうか……ちょっと原作にあんまりそぐわない感じなので。もちろん冒頭の砂浜や死体の描写などかっこいいシーンも多いけど。しかし、タイトルからして『レクター博士の沈黙』はちょっと羊沈を意識しすぎている気がする。原題は『Manhunter』なので邦題が後から一番有名な羊沈を踏襲したんだろうけど、ちょっとなんか違う、レクター博士沈黙っていうか引っ掻き回してるだろ。

 なおこの映画版には美術館のシーンなどがカットされており、ダラハイド氏の自宅もなんかすごい変で、タトゥーも謎な感じなので、こいつを見てからさらに2002年版を見ると物凄く感動できる

 レクター博士は脇役なので、まだそこまで夢要素はない。そもそも『レッド・ドラゴン』自体がピルグリム視点のレクター夢に近いという点はあるが、個人的にはまだキャラが固まってなかったからこそレクター博士にここまで評価されるキャラ(ウィルとダラハイド)を奮発できたのではないかとも思える内容である。

 2002年版、映画『レッド・ドラゴン』。DVDジャケットだけで気合がわかる出来だ。

 レクター博士はアンソニー・ホプキンスで、ダラハイドもしっかりボディビル体型になった。加えて、ダラハイド家のロケーションがバツグンだ。屋根裏に棲んでいる殺人鬼として満点だし、着ているキモノもトマス・ハリス作品っぽい雰囲気でとてもよい。オープニングから「俺はやるぜ」という「気」がビシバシ伝わってくる、よい映像化。

 わりとダラハイド視点に力を入れた印象でもあるが、過去シーンを短く効果的に入れてくるので映画としてかなりちゃんと面白いと思う。映画版羊沈の後に作られていることもあり、同じ脚本家が書いていることもあるので、シーンの作り方に共通項が多く、その分羊沈を見た後で鑑賞すると印象的なシーンが再現されていて感動もの。夢成分は1986年版よりやや増しているものの、原作のテイストに沿っているためフラットな映像化となった印象だ。

 『羊たちの沈黙』(1991年)。最高の映画である。

 原作の羊沈は始終、汗臭さ、かび臭さ、汚水、腐乱死体、酢酸、土、と悪臭の描写が散見されるが、映像でそれが伝わってくるのが見事すぎる。4DXだったら冒頭で濡れたFBI訓練生のトレーナーが出てきた瞬間からあらゆる悪臭が順番にずっと出てくると思う。

 この映画は自分にとって完璧すぎるため、好きなシーン羅列すると映画の最初から最後まで言ってしまうマンと化すが、無論ゴルトベルク協奏曲を指揮しているシーンも、スケッチを渡す際に指が触れるシーンも最高なのを踏まえて、犯人のガム役の演技がかなりすごいのでそこを見て欲しい。とにかく怖い犯人で、化粧したり踊ったりしてるところまで怖い。しかも哀しみがあり、孤独で、犬を抱いて一人でせっせと自分を慰めて暮らしているのがよくよくわかるのもすごい。ビデオ撮影シーンでタトゥーが雑だったり、上に着ているキモノの感じもあ~これはトマスハリスの犯人だな~というかんじでよい。あと、あの脚に挟んで手を広げるところ怖すぎない?最後の20分はあまりにも怖すぎとストレスかかりすぎで見てるだけで白髪が増えそうになる。原作の最後のセリフが大好きなので、それがないのは残念だけど、あの横になった姿が怖すぎるので130点てかんじです。

 一番オススメしたい映像化作品だし、これはもうオススメしなくてもみんな見てるので何も言うことができない状態。しかしあのゴルトベルク協奏曲のシーンのレンブラントの絵画のようなライトアップと構図はやばすぎる。むしろ、レクター夢をあらゆる監督に植え付けた元凶ともいうべき悪しき初恋泥棒作品である。

 『ハンニバル』(2001年)。

 よく131分にまとまったな!と悲鳴が出るほどの驚くべき一本。

 羊沈の後日談ともいうべきお話で、原作は厚めの文庫本上下なのだが、原作がそろそろレクター夢になってきている。というのもレクター博士がシャバで生活している作品はここで初めて出てくるというのもあって、お買い物シーンがものすごく多い。ワインやら石鹸やら食器やら何やらとにかく高いものをぽんぽん買いまくる。読んでいて気持ちのいいシーンだが、なんかもう「レクター博士は素敵だろ?」「ハイと言え」とページ数でゴリ押してくる原作(初見から「ハイ」一択だわ)。映像化も見事に美しいではあるけど、色々端折られてかなりテンポよく進む。

 ネタバレだけどわたしは映画見てから原作読んだので「えっ刑事死ぬまでこんなかかるの!?」となった。もう一回映画見て「刑事死ぬの早!!」とまた驚いたけど、別に映画だけ見て違和感があるではないのですばらしい端折り方だ。

 代わりに登場人物はけっこう大雑把にまとめられている部分もあり、なんと、マーゴが出てこない。そんなことってある~~~!!?!??八つ墓村で典子が出てこないレベルの端折り方だ(実際出てこない映画が多い)。でも映画だけ見ても違和感がないんだこれが。それだけでもちゃんと面白いんだ。すごい!それに伴い、メイスンの退場も違っているし、豚の世話係たちが完全にモブだ。原作とはラストが違う点はあまりにも有名だけど、それにしても違いすぎでは!?

 個人的にはこれもいいなと思っているけど、クラリスの女優さんが違うのもよく話題に上る。ジュリアン・ムーアもいいけどね……俺たちのクラリスはやはりジョディ・フォスター……それも「わかる」から複雑……

 と、このようにかなり違った作品になっているので、体調によって解釈違いになってしまう場合もある映像化となった。映画としてはメチャメチャに面白いので見て損はない。ないが、原作ファンとしては……なので、自分が映画を楽しみたいのか原作の忠実な映像化が見たいのかよく自問してから見ないと地味に目が死んでしまう。気をつけてほしい。

 飛行機の中でお弁当を食べるシーンが大好きだが、原作でここのシーンを読むとめちゃめちゃ汚い胸糞な女性が出てくるのでオエッてなる。気をつけてほしい。

 『ハンニバル・ライジング』(2007年)。

 とうとうライジングの番が来てしまった。

 初めに言うと別にライジング嫌いなわけではない。全然。けどこれは好き嫌いというか、むしろ自分が日本人だったばっかりに!という話なので、見たら、読んだらお分かりいただけると思う。

 内容は幼少期から青年期のレクター博士の生い立ちに触れる作品なのだが、ここでなんと日本人の若くて美しい叔母(血はつながってない)がヒロイン扱いで出てくる。マジかよ!!!原作者トマス・ハリスがアメリカ人であるということを考えればかなり日本に造詣が深いし、よく調べられてはいるのだが、やはり日本人から見ると我に返って首を傾げてしまいがちなのだ。名前が「ムラサキ」だし。

 特に映画はそれが顕著で、まず叔母役がコン・リーという中国系女優で、綺麗な人なのだがやっぱり日本人から見ると違うし、挨拶のときに手を合わせたり、甲冑を祭壇に飾っていたりと首かしげポイントが多い。

 また、どちらかというとこちらが気になるのだがレクター夢が過ぎるという点も無視できない。そもそも生まれがリトアニア貴族ってどういうことなの。夢小説じゃん。何故あんな人格になったのかよくわかる内容ではあるし、ミーシャの死とか辛すぎるけどめちゃめちゃすごい夢小説感がズンズン来る。映像にもそれが強く見られ、馬に引かせたロープのそばを微笑みながら近寄ってくるところとかちょっとフィルターが強すぎる。あとホルマリンプールの近辺とか。ちょっと……かっこよすぎる。恥ずかしくて見ていられない。

 個人的には孤児院あたりまでは最高で、徐々に雲行きが怪しくなって、恥ずかしくなってくるという印象。映像はとても美しい。映画5本の中ではかなりドラマ寄りの作りかもしれない。

 ドラマ版『ハンニバル』

 おわかりいただけただろうか

 どう見ても「俺が恋したハンニバル・レクター」では!!!!!!!!!

 ドラマ版、あまりにも美しすぎる。まずドラマとしてはめちゃ面白いし映像も美しく丁寧にショッキングに魅力的に残酷にできているのですごいドラマなのだが、「ハンニバル・レクターです」と言われるとンン~~~~?????マジで??????となってしまう現象が起きた。ハンニバル・レクターは意地悪で、狡猾で、スラングまみれで、人を小ばかにしたような薄汚くもチャーミングな人間だったのではなかったのか。ちょっとどういうことなんだ。ドラマ版シーズン1は非常に面白く視聴していたのだが、シーズン2から雲行きが怪しくなってきた。レクター博士が捕まらない……つまり、つまりどういうことなんだ?

 現代版ということで、かなり設定が変えてある。しかし変えた中にも原作で名前だけ、存在だけほのめかされていた人物がババンと出てくるのはかなり最高。ホッブズがあんなに目立つとは……しかし弊害もあって、これではウィル・グレアムが退場できないのだ。ウィル・グレアムは少なくともレッド・ドラゴンまでで「顔面をピカソも同然」にされて退場しなければならないはずが!?

 ドラマの世界線ではウィルが博士を逮捕できなかった場合を行っているが、では博士がウィルに興味を抱くに足る原因がほかに見つからなければならず、その上ミーシャとしてアビゲイルが候補に挙がるところなど原作ファン瀕死、息をしていない、クラリスとはなんだったのか、ジョシュは……マーゴは……という状態になってしまった。いや勘違いしないで、ドラマは本当に面白い。だが原作を丁寧に拾ってくれていたドラマが原作に背き始め俺を苦しめる……誰も悪くない……しいて言えば人気が出すぎて続きを製作しなければならなくなってしまったせいで……

 なので、むしろドラマファンが原作や映画を見ると逆に「ウワーッ!!!私のレクター博士はこんなに汚くねえ!!!!!」って目が潰れるかもしれないので、この話はおあいこということになりそうだ。サンは山で、私はたたら場で……

 それもこれも、あらゆる監督、脚本、演出、そもそも原作者までレクター博士に恋した結果こうなってしまったのではないかと思うと、恐ろしくてたまらない。でもめっちゃ好きです、レクター博士。いいたかったことはこれだけでした。よかったら原作読んでください。マジで。

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