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ピンヒール戦記

 ヒールのある靴、特にピンヒールに辛酸を舐めさせられる女性を間近で何度も見てきた。これは自分もまたその辛酸を味わってみようという思い付きからの手記である。


 腐趣味が高じて、女性と出かける機会が増えた。
 これは色っぽい話では全然ない。腐の98%は女性(タイムライン調べ)であるから、必然的に趣味の知り合いと出かけると女性ばかりになってしまう。当初は気後れしていたものの、今となっては面の皮が厚くなり、女子会に紛れ込んでも恥ずかしげもなくなってしまった。

 わたしは甘いものと大衆居酒屋が大好きで、こうした知人友人たちと出かけると、あちこちウロウロしながら甘いものや酒をはしごすることが何かと多い。そういうとき気になるのが同行者の足のコンディションである。
 一緒に出かけてくれるような友人たちは絵描き・文字書きなど二次創作をしている人も多い。友人でありながらわたしは彼女たちのファンであり、同好の士である。そんな相手だからこそ、おいしいものを楽しみたい。だが、足を痛めてまで追求することではない。
 むしろ推しCPを同じくする仲であれば公園のベンチで缶ジュース飲んでも数時間潰せる。つまり優先的に考えるのは当然足のコンディションだった。

 スニーカーや履きなれた靴ならばまだ安心だが、オシャレな友人たちの中にはヒールすごい勢もかなりいる。これは同行者も気をつけなければならない状況だが、わたしのような無知な人間には何に気をつけてよいのかもわからない。そもそもヒールとは何が辛いのかもわかっていない赤ちゃん状態なのである。

 百聞は一見にしかずという。
 わたしはネット通販で叩き売られているかかとの高い靴を購入し、酒を飲み、深夜コンビニに買い物に行くことにした。これは
「友達と宅飲みしている途中で買出しに来たが、周りにネタ振りをされて女性用の靴で来た酔っ払い」
 という設定である。買うものはウーロン茶2Lと違う種類のアイス4個。コンビニ店員はなんとも言えない半笑いだった気がするが、近所は大学生も多く住んでいる地域だし、それほどの事案ではないだろう。特に噂にもならずに済んだ。

 これはなかなかいい実験である。
 どんなものでも体験して損はないと思う。絶対に何かの役に立つ。具体的には、推しがヒールを履く話を書こうとしたときにスルッといけるわけだ。そんな話は多分書かないと思うが、想像には役立つ。
 わたしは推しキャラは女にモテたり普通に彼女がいたりするのが全然かなり好きなので、サイズの小さい彼女のミュールからかかとが完全にはみ出した状態で宅配便を受け取ったりする推しはぜひ見たい。

 それと単純に、女ものの靴はかわいいのだった。
 わたしはかわいいものは大体好きだ。というかヘテロの男は大体そうだろうと思っている。かわいい女性が好きだということは、かわいいものが好みだということである。
 靴を買うのに開いたZOZOTOWNの女ものの靴のページは目玉が飛び出すほどかわいいものばかりだった。しかも中古はめちゃめちゃに安い。こんなかわいいものばかりの中から更に好きなものを選んで安価で購入できる人々がいるなんて、カルチャーショックだ。
 その後メンズのページを見たら画面がぶっこわれて退色したのかと思うほど色味が減って価格が上がり、わたしは更にショックを受けた。

 しかし、今回の経験はあまり役に立たなかった。
 なんとこれが、たいしてしんどくなかったのだ。

 わたしは足が小さいほうだ。骨がお弁当で大人気のチキチキボーン並に細いせいかもしれない。わりと足の横幅も狭い。足の指も人差し指が一番長く、先細りの形をしているせいで、靴に押し込められる苦痛を受けにくかったのかもしれない。
 これは逆にメンズの革靴を買うときかなり困る足で、サイズがなくて丸めたティッシュをつま先に詰めたり、中敷を切って敷き詰めたりして工夫が必要だ。フリーサイズのサンダルを履くと、パパのサンダルを履いた子供みたいな見た目になるのでサンダルは履けない。そういう意味では、わたしの足はヒール向きといえるかもしれない。
 無意味な足である。
 むしろ、履いた時点でミチミチで痛いほうが話としては面白いのに、最悪である。
 また、責任の一端には今回の靴そのものがあまり苦痛にならないようなデザインというか、そういうタイプであったことも考えられた。

 その後、調べてみると、今回の靴は「ウエッジソール」というものらしかった。
 これを読んでいる女性諸氏には
「はぁ? そんなもん、一目でわかるやろがい!」
 と思われるだろうが、こちらは赤ちゃん並の知能なのだ。そんなものは知らない。
 赤ちゃん諸氏に説明すると、このウエッジソールは、かかととつま先の底が一体化している靴だ。画像を見れば「あ~、見たことある~!」となると思う。昔はやった厚底サンダルにちょっと近いかもしれない。
 かかとは高いが底面積があるのでぐらつきにくく、つま先の下にも厚い底がついているので、履きやすい靴だということだった。要するに実験には適していない靴を選んだわけだ。悔しい話だった。

 ここで諦めてもつまらない。
 中古の激安靴といえども買い物は買い物だ。一度投資した以上、失敗で引き下がってはいられない。今度は念を入れてタイムラインに並ぶ歴戦のヒール武将たちに協力を仰ぐことにした。

 タイムラインに並ぶリプライは鍛え上げられたつわもののそれであった。
 みな一度ならず死線を潜り抜け、歯を食いしばり、時には嗚咽を飲み込んで戦場を駆け抜けた猛将揃いだ。
 勇猛な戦士たちはそれぞれの戦いの知恵を存分に訓示したもうた。あらゆるヒールに膝を折られてきた経験が口調の端々に滲んだ。

 同人誌を作り、推しCP語りがうまいだけでなく、わたしの知らないことをこんなにも知っている腐のみなさんには尊敬の念を禁じえない。おそらく化粧や服選びについても、よくわからないが色あわせだのシルエットだの何らかの含蓄を持っていることだろう。
 それに比べてわたしはどうだ。わたしにはそんな伝授できるような知識はない。「男子トイレには音姫もビデのボタンもないことが多い」くらいしかないのではないか。

 そして、このふるつわものたちがみな口をそろえて
「この中ならこいつが一番ヤバい」
 といったのがこちらの靴だ。

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 ヒールの高さ、ピンヒールであること、つま先の下に厚みがない、足の側面を支える部分がないことなどが辛さの原因となるようだ。
 戦士たちは次々とこれを指摘し
「この靴を履けばお前の足は必ずや死に至るであろう」
 というような予言をした。なお、これで足首に巻きつくベルト部分がないとまさに最強の悪、とのことだった。

 この靴も、足首にベルトのないタイプの靴も、決して目立ったデザインではない。
 キレッキレのピンヒールであることに変わりはないが、ここまで満場一致で凶器扱いされる靴にもかかわらず、無知な赤ちゃんであるわたしからはまったく警戒心を誘うデザインに見えないので驚いた。もっと毒キノコのように禍々しいデザインかと思っていたが、毒キノコのようなデザインで履き心地も悪い靴は誰も買わないから擬態を覚えたのかもしれない。

 この靴の購入ボタンを神速で押してから、親切なフォロワーさんに
「足首のベルトが女性用に設定されているから回らないかもしれない」
 と指摘された。
 そのときはそのときだ。カッターで根元から切り落とすか、何かうまく工作をしてベルトを延長すればいいだろう。

 届くまでの間、わたしは女性の中古靴が通販で送料込み1000円以下で買えてしまうことについてぼんやり考えた。
 前回購入した靴は試着用だったのか、どこか汚れでもあったのか、未使用品だったのでよかったが、これだけ安いと誰かが履き潰した靴かもしれない。
 これは実質ブルセラ行為ではないのか?
 しかもキツめのピンヒールを購入するのはあまりにも……そう思っていたが、ありがたいことに届いた靴の裏は傷一つなく、試着程度でほとんど新品だということがわかり、行き場のない罪悪感はひとまず落ち着いた。
 懸念されたベルトも、咳でアバラが折れるくらい骨が細い謎のクソ体質のおかげか、いくぶん余裕で足首を回ったのだった。

 個人の好みでいえば、この足首のベルトについているパール?ビーズ?のような白いぶつぶつはあまり好ましくないデザインだが、無理にそぎ落として不恰好になることを恐れて、手出しはしないことにした。

 さて、いざ実験を待つばかりとなったが、問題はロケーションである。前回の深夜コンビニはそう何度もできるものではない。
 しかも今回はヒールが金でキラキラしており、目立つ靴だ。地元で履くのははばかられる。
 木を隠すなら森、奇行を隠すならば新宿である。渋谷・原宿も考えたが、わたしはあのあたりの若者スポットに行くと具合と機嫌が急降下する体質のため、新宿にすることにした。
 新宿ならば問題ないだろう。
 夏になると何故か他の地域よりハーフパンツの男が多い新宿……
 付き添ってくれる心優しい友人と日程を示し合わせ、知人に遭遇しないことを祈りながら新宿へ向かう電車へ飛び乗った。それだけというのも何なのでまずは映画を一本見て、喫茶店に向かい、靴を履き替える。

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 足首のブツブツしたパールは隠すことにした。

 ここで買い物に出かける。
 タイムラインの助言に従って、素足ではなくソックスタイプのストッキングを履いておいた。これで若干靴擦れが和らぐという。いわゆるパンストタイプのストッキングだったらためらうが、実質靴下なので平然と履くことができた。ありがとう友人(助言してくれたほう)……
 立ち上がって会計を済ませ、階段を上り、10mほど歩く。

 すでにしんどい。

 痛いというより、つらいのだった。スニーカーのときはそうそう気にしたことのないレベルでコンクリートの地面の硬さを感じる。体重が常に指の付け根にかかっており、他に分散することができない。加えて、かかとが押し上げられ前傾するのに、体のほうはまっすぐ起こしておかなければならない影響でふくらはぎとつちふまずが攣りそうに痛い。
 このつらさは言葉を尽くしても伝わりにくい。やってみるしかない。やってみるまで本当のつらさはわからないだろう。
 なぜならわたしもわからなかったからだ。

 友人たちに何度か聞いたことがあった。
「ヒールの何がつらいの?」
「まず体重が前にかかるから指の付け根が痛いし、地面が固く感じるし、ふくらはぎとかつちふまずがしんどいんだよね」
「へぇ~、そうなんだ?」
 ↑これがよくわかっていない未体験のやつの返事である。
 ↓これが次からわたしが返せる体験済みのやつの返事。
「めっちゃわかる」

 ともあれ交差点の近くの手すりにもたれて、攣りそうな脚を休めることができた。
 ヒールを履いた女性たちが何故不衛生とわかっていながら公共の手すりに触れるのかわかった。手は洗えばいいけど脚は今休めないとのた打ち回るはめになるからだ。

 こんなときのために、事前に購入しておいたものがある。
 ヒール族の猛者たちがよく
「ちょっと100均寄っていい?」
 と言っては出先で仕入れるアレ、ジェルの中敷だ。

 耐震パッドみたいな構造で足裏を支えるようになっている。昔電子辞書をケースに貼り付けていたシリコンの粘着シートに似ている。
 これをつま先とかかとにそれぞれ貼り付け、足を戻す。
 やっと息ができるようになった。呼吸を止めて歩いていたらしい。本当に中敷一つで若干マシになるのですごいことだ。逆にこれがなかったらどれほどの……

 その後、服屋を2軒見て、居酒屋で食事をして実験は終了した。

 結果、やはり百聞は一見にしかず。

 twitterでも言ったが、実験前の予想では
「靴擦れが~!水ぶくれが~!痛い!今すぐこいつを脱ぎたい!(大暴れ)」
 というのを考えていたが、実際は
「頼むから今すぐ俺を座らせてくれ……(瀕死)」
 というものであった。同行してくれた友人に
「めちゃめちゃ顔が疲れている」
 と言われてしまった。

 また、余談だが、新宿の人間は本当に他人に興味がないし、奇人変人に慣れすぎているとわかった。
 指差されることも、ヒソヒソされることもなく、二度見すらされなかった。普段使いできるレベルだ。もっとも横にいた友人がオシャレガールだったせいで「そういうファッションの人たちね」とスルーされていた可能性はあるかもしれない。

 ともあれこうした体験は非常に有意義だったと思う。みんな気軽にやってみて欲しい。今回使用したヒール(24.5cm)は内側を除菌して綺麗にしたので、我こそはと言う人がもしいれば差し上げます。辛いので家から履いていかずに途中で履き替えたほうが身のためです。

 帰り道の間に、自分が人生で一番靴擦れした日のことを思い出していた。あれは事務職の職場に初めて向かった日、おろしたての固く分厚い革のビジネスシューズのせいだった。
 サイズがあっていなかったのもあり、それこそ前述のように、左右の足に七箇所ずつの水ぶくれができて、しかし翌日からも履いて行かなければならないため、ばんそうこうを何枚も貼り、分厚い靴下を黒いハイソックスの中に履いてクッション代わりにして職場に向かったのだった。
 何がどうしてそこまで靴擦れするんだと不思議になるほど痛かった。これもおそらく体験してもらうまでわかるまいと思う。

 ピンヒールで靴擦れしたり、辛い目にあったりする女性たちも、きっとその靴でなければ行けない場所に用事があったに違いない。もしくは単に、その靴に一目ぼれをして、どうしても履きたかったのだ。それだけかわいらしい靴がこのデザインには多い。
 行きたい場所に行ける靴、かわいい靴のために痛みに耐え、結果履きこなせる靴が見つかっていくのは誇らしいだろうと思った。

 無論、当時わたしの足をばんそうこうまみれにした革靴も、今ではきちんと足に馴染んで、スニーカーと同じくらい履き心地の良い靴になっている。
 わたしが購入した今回のヒールは足首の白いぶつぶつが気に入らないので履きこなすほど傾倒できないが、ここまで読んでくださった方におかれましては、一目ぼれした靴が履きこなせるようになることを祈っておきます。
 とりあえず、わたしは今日足裏に湿布を貼って寝る予定です。

※追記
 この記事を見て「やっぱり体験しないとわかんないんだな~!」と思ってくれた女性の方たちへ。
 横を歩く男性の足が速かったり、階段を上りまくらされたりしたとき、「察して欲しい」とお思いのこともあるでしょう。しかしそこはきちんと口頭で
「お気づきだろうが今日の私の靴はとてもかわいい。つまり歩く靴ではない。これこれこういう歩き方に付き合って欲しい」
 と伝えて、赤ちゃんに教えるように痛みについて解説してあげて欲しい。
 男性からはその日の靴が履きなれたものか、今日おろしたものなのかわからないし、記事の中でも書いたように、歩きやすいものか辛いものなのか知識がない人が多いと思うので。
 「つらい」といえば男側も「なるほど、よくわからないけどゆっくり行こうか」と思えるはずだ。もしそのとき気の遣い方が間違っていたら「こうしてくれればよいのだよ……」と教えてあげてほしい。なぜなら履いているのはヒールの辛さをよくわかっている歴戦の武将で、横にいるのは戦場に出たこともない新兵だからです。
 その際、毒の沼地のような歩くたびにHPが減っていくタイプの痛み方だと言ってあげると伝わりやすいと思う。立ち止まるとHP減少が止まり、座ると徐々に回復するやつ。
 なおくれぐれも体験したことのない「へぇ~そうなんだ?(わかってない)」状態の男性陣に完全な理解を求めないほうが身のためです。経験したことのないものがわからないのは仕方がないことなので。それでも人間なので「つらい」といえば「そうかわかった」はできるでしょうから、「つらい」は自分から言ってあげてください。
 ただし「いやいや歩いてるうちに慣れるでしょw ほら行くよ!」などと甘く見られた場合は、ぜひともその男性にヒールを履かせてみることをおすすめします。新宿がいいですよ。

※追記2(2019/6/9)
 職場でのヒール強要はいくない!という話題が出ていたので追記。
 あったりめーよ! これは本当に、好きで履きたい人が自分のために履く靴で、強要される社会のほうが是正されるべきだと思います。そのために「そんな大変なん?」て思う人は男女問わずどんどん履いてみるべきだし、履いて「自分はこれけっこう好きかも」って思ったら男女問わずそれを履くこともまた許容されるべきだなと思う。
 これを機にヒール自体が廃れてしまうのは悲しい。あと、なんならメンズのヒールが出まくったら楽しい。個人的には、似合いそうなスニーカーかブーツのヒールが出たらほしいです。身長がでかくなれるのは楽しいからね! それに脚がかっこよく武装できるのもヒールのいいところです。そういった、自分で選んでする服装として落ち着き、社会の洗礼として拷問器具のように強要するのは現代版成人の儀みたいでグロいので、うまいことなくなってほしいですね。かといって「俺はプライベートで履いてるのに、おめーは仕事で履かねーの?」みたいなマウントが出るのも嫌だなあと思い、むずかしさがありますね。多様性ということは選べることなので、選択肢自体が損なわれないこと、もっと多様化することを願っています。
 今ヒールを強要されてつらい方、本当の意味では分からないでしょうけれど、多少なりとも心中お察しいたします。世の中はいろいろな部分でまだ歪んでいるけど、こうして視点があたったことで少しずつでも、会社単位でも是正されていくといいですよね。世論として声が上がるのはいいことだと思います。ここからですね。
 なんというか、新宿はあらゆることに寛容だった。みんな好きなことをしていて、人のことは気にしていなかった。どこでもそうなればいいのにな、と思った。ただの個人の感想でした。

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