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だらしない母はいつも妹のように私に甘えてきたが、時折、母らしい顔をすることがあった。この時も母は、母の顔をしていた。だからこそ、私はもう二度と母がこの家に帰ってこないのがわかった。村中から''売女''と揶揄された母は私に別れの言葉を残していった。 「女の涙は飾りじゃない。だから、然るべき時に使うの。そうやって強かに生きなさい」 両肩を掴み、母は私に向かってわかったかと念押しをした。 それからキャリーバックのキャスターが石畳の上を転がっていった。雨音のようだったが、そ
たった二両しかない赤色の私鉄に乗り込む。 透香は母親にゆるめに巻いてもらった黒髪の先を摘まみながら、隣にいる彼に気付いてもらえないだろうかと思っている。 ロングシートには誰も座っていないが、二人は一席分空けて座っている。照れ臭いのは幼馴染みだからだろう。 透香は俯き、自分の両膝を見ている。海沿いを歩いていたときに転んで出来た傷は、まだ若く赤い。一方、彼は股を広げて座っている。車窓から見える森ばかり彼は眺め、アセロラ味のキャンディを口の中で転がしている。 団地に住んで