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セミアコのコンプ感について

セミアコースティックギターの音色には、確かに俗に言う”コンプ感”が感じられる事が多い。
こういった楽器の音色に関する由無し事を、単に見た目のイメージだけでそう言っていると思われないように、なんとなく理屈をつけてみる。

エレキギターの発音の仕組み

そもそもエレキギターの発音の仕組みとして、磁性体である鉄弦の振動に応じて変化する磁界をピックアップマイクが検出して、その信号を増幅回路で電気的に増幅し、最終段で磁性体であるスピーカーを振動させることで音波を出力する。

アコースティックギターの発音の仕組みと比較すると、エレキでは演奏者の手による振動の入力からスピーカーからの音波の出力までの間に電気電子回路設計に代表される多くの人為的な要素が挟み込まれるために軽視されがちではあるが、もとをただせばアコースティックもエレキも、入力は同じく弦の振動であり、2つの違いはそれをどう出力するかにある。


固体を振動が伝わるということ

弦の振動は空気を揺らして音波を生成するが、同時に固体を伝播する。つまりエレキギターにおいても、弦を源とする振動はアコースティックギターと同じようにブリッジ等の接点を介してネックやボディに伝わる。
この「伝わる」という事実をどう捉えるかが、個々人によるエレキギターの音色に関する解釈の仕方に幅を持たせている。例えば、ある人はそれよりも信号伝達の間に付加される電気的な要素が支配的だと言うし、またある人は弦から振動が伝わった結果としてネックやボディがいかに振動するかが最も重要だと言う。
そして多くの人はこの2つの極論の間のどこかに答えがあると睨んでいるだろうし、私もその一人である。振動がどのように伝播するかは、それだけが人を感動させる音色を作り出すわけではないが、いち因子ではあると思う。


箱モノのコンプ感

話を戻して、セミアコやフルアコの謳い文句でよく見かける「箱モノ特有のコンプ感」は恐らくは信号伝達の間に電気的に付加されているのではなく、その上流にある弦の振動の段階で付加される要素だと思う。

箱モノとソリッドで出音が異なるのは、ボディの構造の違いが弦の振動の減衰の仕方に影響するためと思われる。
エレキにもアンプを通さない出音、いわゆる「生音」がある。音が鳴るということは、弦そのものや、それにつられて振動するネックやボディが空気を揺らしていることになる。エネルギーの収支から言えば、弦の振動のエネルギーの一部はネックやボディを介して音波として放出されている。このとき、空気は振動する弦にとってのダンパ(減衰機能)として働いていると見ることができる。
箱モノとソリッドとで生音を聴き比べてみると、明らかに音が異なる。端的に言えば箱モノの方が音が大きい。この場合、音が大きいということはそれだけボディが大きく振動し、空気を大きく揺らしているということになる。

減衰機能は入力の大きさと比例せず、小さな入力に対しては小さく、大きな入力に対して大きく減衰するとすれば、ソリッドと比べて箱モノは、強く弾いたときに少しだけ潰れたような音が出力される。これがいわゆる「コンプ感」と呼ばれるものと推測する。
弦の振動だけを見た時(ピックアップ視点から見た弦の動きは)、同じような構造を持つアコースティックギターと似たような減衰の仕方をすることになるため、音色がアコースティックっぽいと言われたり、「エア感」だとか言われたりもするのだと思う。

おわりに

エレキギターの生音は弱々しいが、弦の振動による磁界の微かな変化をピックアップが検出して大きな電圧に増幅して出力する。増幅回路は、まるで小さな質感を視界いっぱいに大きく広げる顕微鏡のようである。
単純に信号の流れを考えた時、弦そのものの振動に影響する変化があった場合は、それが何かしらの形で出音に現れると考えるのが自然である。

最大の問題は、それを人間が認識出来るかどうかだ。
人間の感覚は時と場合によって感度の変動が大きく、ちょっとしたことで評価基準が偏るため、数値化が難しい。月並みな言い方だが、そうした不確かさが音楽の大きな魅力であることは間違いない。

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